【今日のエモい情景】
はじめましての珈琲屋で、はじめましての珈琲を飲んだ。
好きな小説のヒロインの名前と、たまたま同じ名前の珈琲。
彼女の引っ込み思案を抽出したような、仄かな甘みと少し強い苦み。
「あいつにそっくりでしょう? 見つけたときびっくりしました」主人公の話す声が聞こえる気がした。
まったく、君たちはひどい。日常生活の中まで侵蝕してきやがる。
きっと二人の世界は、本の中では収まりきらなかったのだろう。
その小説の主人公らしくペラペラとしゃべる彼に返事をせず、僕は珈琲をすする。
僕は彼に嫉妬していた。彼女が目の前にいたら多分、僕だって恋をしていた。
僕だって、彼女のことが好きだった。
その豆を買って帰る僕は恥ずかしいくらい未練がましくて、彼のようにはなれないと心から思うのだ。
※この物語はフィクションです
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