トゥルー・バッド・エンド

式の間、彼女は視線を合わせなかった。

僕はずっと彼女の瞳を見ていて、彼女はずっと僕のネクタイを見ていた。

今、世界で一番の幸せ者は、こんなにも悔しい思いのまま誓いのキスをした。

俺は二人がキスをするのを眺めていた。

幸せそうな二人は、俺の目の前で永遠を誓った。

あの日二人で交わした約束よりも重い約束が刻まれているのを、この目で見ていた。

少しずつ真実になっていく距離感。

私は今、誰の目も見ることが出来ていなかった。

純白の永遠に後ろめたさを感じてしまう私は、卑怯な臆病者だった。

 


僕は知っていた。

彼の存在を知らないわけがなかった。

それでも僕は彼よりも彼女のことを幸せにできると思っていた。

俺は知らなかった。

あいつの言う『あの人』のことを聞いたのは、手紙の中でだけだった。

俺はあの人に敵わなくて、あいつはそれを悟っていた。

私は分からなかった。

彼は私にとって大切で、あの人よりも大切かもしれないのに。

彼は何も伝えてくれなくて、あの人は伝えてくれた。


綺麗だね、と僕は言った。

ありがとう、と彼女は返した。

もしここに立っていたのが彼だったら、もっと自然に笑ってくれたのだろうか。

綺麗だな、と俺は言った。

ありがとう、とあいつは返した。

きっとあの人が同じセリフを問いかけたら、違うセリフが返ってきたと思う。

あの人も、彼も、綺麗だと褒めてくれた。

立場は違っても、二人とも大事な人。

そこに優劣をつけられない自分がいるのが、どんなに言い訳しても拭えなかった。


初めて彼女に会った頃、彼女は彼の愚痴ばかりを話していた。

とても楽しそうに話すから、羨ましくて仕方なかった。

僕は彼女とそんな仲になりたくて、楽しそうに話す彼女を好きになった。

あいつと連絡を取り合わなくなって四年が経った。

それから送られてきた手紙が招待状で、案の定あいつは他の男と付き合っていたのだ。

あいつは俺との約束なんて忘れているのだ。

忙しく働く彼は、私のことなんて覚えていないのでしょう。

そんなときにあの人からプロポーズをされて、私は諦めてしまった。

永遠の存在を諦めてしまった。


彼のことを話している彼女はとても生き生きしている。

何年も会っていないことなんて、彼女にとっては些末なことなのだろう。

彼女の目は、初めから僕のことなんて見ていないのだ。

あいつに会うために、昔なじみの喫茶店に向かった。

マスターは俺をしっかり覚えていた。

あいつは見違えるほど綺麗になっていて、見せつけられた違いにがっかりした。

彼と一緒に何度も通った喫茶店で待ち合わせた。

マスターは想像以上に髪が白くなって、時間が巻き戻せないことを知った。

彼は昔と全く変わっていなくて、どうしてもそれがつらかった。


彼と会うと言って彼女は出かけていった。

彼女がこのままどこか遠くに行ってしまう気がして、それでも引き留められなかった。

彼女にとって僕と一緒にいることより、ずっといい幸せが待っていそうな気がしたのだ。

あいつの中身は変わってなかった。

いつも通り明るくて、いつも通り前向きで、いつも通り優しかった。

それが『特別』じゃないことを知った俺の認識だけは変わってしまった。

私は私のために私を演じていた。

いつも通り明るく、いつも通り前向きで、いつも通り優しくした。

私が今満足しているんだって思わせないと、誰も救われないのだから。


ある晩、胸騒ぎで目が覚めた。

彼女はベッドにいなかった。

トイレの中から泣いている声が聞こえたから、ベッドに戻って寝たふりをした。

あいつが泣きながら電話をしてくることが、昔は結構あった。

その涙声を聞けるのは俺の特権なのだと思っていた。

あの人は俺よりも上手に慰めてやれるのだろう。

ウエディングドレスを見に行った。

あの人は万人受けしそうな、センスの良いドレスを選んで見せてくれた。

実際に私が選んだドレスはそれとは違ったのだけれど。


僕は式の準備に全力をかけていた。

式場から、ドレスから、どんなことに関しても積極的に調べてプロの話も聞いた。

そうでもしないと僕の気持ちが伝わることはないような気がしていた。

招待状はとても綺麗に印刷されていた。

未練がましい自分を捨てるために、招待状は自宅の食卓にいつも置いてあった。

ワンルームでカップラーメンをすすりながら、見慣れない名字のあいつを眺めていた。

婚姻届のはんこが、上手に押せない。

それを私は、過去の私の抵抗だと思っていた。

未だに私は自分の名字を上手に書けない。


賛美歌の中、僕は彼女を待っていた。

本当は、彼のことを待っていたのかもしれない。

彼女を幸せにできる彼のことを。

賛美歌の中、俺はあいつを待っていた。

あいつが笑顔でいてくれたら、俺はもう見切りをつけられる。

俺の自己満足が、誰も報われないバッドエンドを呼ぶよりよっぽど良い。

扉から漏れ出てくる賛美歌を聴きながら、私は終わりを待っていた。

彼の目の前で永遠を誓うことが、私にとっての終わり。

青春を生きてきた私という人間の終わり。


1+1は2です。

1+1はどんなに大きな数字にもなれる。

1+1なんてしても0にしかならないの。


ここまで事が済んだ今でも僕は、自分が間違っているように感じてしまう。

誓った永遠を過ごす中でも、きっと変わることはないのだろう。

空は青くて、どこまでも続いていた。

自分が正しいことをしたと信じたまま、俺は群衆に背を向けて家路に就いた。

後悔するようなことは何一つなく、俺はあの人を信じることであいつを幸せにする。

空は青くて、空の底が透けて見えた。

将来の私は、今の自分を信じられるのだろうか。

更に遠い先の世界で将来の私は、今度は今の私を終わらせるのだろうか。

空は青くて、きっと何年経っても青いのだ。



この話は、運命的なバッドエンドに終わった。


あとがき

 

めちゃめちゃ久々に小説を書いた気がします。

それなのにこんな変な形式になっててすみません。

どんな風に読んでも大丈夫です。

幸せそうに生きている不幸せな人たちの話でした。

恋愛結婚を基本として成り立っている世の中って難易度高いですよね。

 

この話の中で、三人は三人とも、すっごい落ち込んでるみたいなことしか発言していないのですが、実際は全部の体裁が取り繕われて他の人から見ると素敵な結婚式になっているのが素晴らしいですよね。

お互いの独白もお互いには届いておらず、終始何事もなかったみたいな綺麗な笑顔で話は進みます。

まあ、好きに解釈してくださいという感じです。

 

近況報告ですが、小説の書き方を忘れました。

もう一回取り戻すの時間が掛かりそうだなと思います。

また書いたら読んでください。

ありがとうございました。真夜猫でした。