命の火

夏、突如として辺りを包んだ轟音に、私は恐怖を感じて岩陰に隠れた。

バチバチと激しい音を立てて降りだすそれは、小石くらいの大きさのものもあり、当たれば命の保証はない。

ビクビクとしながら、岩陰で身を潜めていると、娘が私に声をかける。

「母さん」

「なあに?」

「このバチバチいうのはなんて名前?」

「これはね、ひょうって言うんだよ。当たると痛いから隠れてなさい」

早く止まないかと不安に辺りを見回す。

私の気持ちに反し、娘は楽しげに言う。

「水面がさ、わーってなって、大きいかたまりがボコボコってなって、すごいきれい!」

ああ、そうか。

私が水の中にいた頃、生まれて初めて見たひょうを思い出す。

突然柱のように現れた水泡。

水面を広がる波紋。

その美しさは、まだ見ぬ地上への憧れを抱かせた。

「お母さんには、どんなふうに見えてるの?」

娘の言葉は、かつての自分の言葉だった。

その言葉の純粋さに、今の自分の過ぎてしまった時間を知った。

取り戻せない感情の存在を知った。

言葉なんて返せない。

娘にはできないように私は小さくケロケロと鳴いた。

 

◇◆◇◆◇◆

 

私がアブラムシを探しながら飛んでいると、視界に白いものが入ってきた。

ふわふわとして、私が一生懸命羽を動かしているのをバカにするみたいに、風に乗って飛んでいく。

近くの枝に止まると、ちょうど物知りな知り合いがいた。

「ねえ、あの白いの何?」

「ああ、なんか聞いた話によると、タンポポの綿毛らしいよ」

「タンポポの? 綿毛?」

「種のことだね」

あの黄色かったタンポポが、こんなふうになるのか。

「ふわふわしてて、綺麗だよねえ」

「そう? なんか見下されてる気がしてヤな感じ」

あんな自分の力を使わずに飛ぶなんて、ずるい。

「言ってみれば、あれは、最期のきらめきなんだ」

「どういうこと?」

「もう、タンポポ自体は生きてないんだけど、ああやって死んでから他の力を借りてでも種を飛ばすことで、自分の命があったことを未来に残しているんだよ」

なんだか、意外だった。

あのふわふわは、タンポポが生きてきた証、存在証明なんだ。

「悔いないように過ごさなきゃね」

そう、春が終わるということは、私達の寿命もあとわずか。

背中に掲げた七つの星を、お日様にきらめかせて飛んだ。

 

◆◇◆◇◆◇

 

「もう少しで着くはずだ」

お父さんは言う。

疲れてヘロヘロになっているのを、僕らに隠してどっしり構えているように見せている。

でも自慢の大きな耳も、もうカサカサになっている。

「本当にこの先にあるの?」

弟が弱気な声を出す。

「心配するな。絶対大丈夫さ」

「もう僕歩けないよ……」

お母さんがなだめる。

「お父さんを信じて、もう少し歩いてみましょ。きっと大丈夫よ」

カラカラの大地には、一本の草も生えていない。

僕も、もう声も出ないくらいだ。

「ほら、見えてきたぞ」

お父さんに言われて顔を上げる。

水平線上に、一つの大きな木が立っていた。

そこだけ別世界のように、すっくと立ち、大きく葉を広げる巨大な木は、その下に水があることを示していた。

「あの木はずっと前からあそこに立ってるんだ。どんな乾季にも、あそこには必ず水がある」

その木は、何十年もかけて、僕らを待っていたように思えた。

「わあっ!」

弟が思わず走りだす。

さっきまで、死にそうな声を出していたのが嘘みたいだ。

僕も夢中で駆け寄る。

お父さんが長い鼻でかけてくれた水は、冷たくて、気持ちよくて、生きてるって感じがした。

 

◇◆◇◆◇◆

 

ドーン、パラパラパラ。

夏が終わる。

俺らはまたくだらないことで日々を過ごし、一時の喜びのためにこれを見てる。

「うわー、すげー」

糸数がバカそうな声を上げる。

「何がすげえんだよ。毎年やってんじゃん、花火」

「それでもさ、やっぱり楽しくない? 菅原くんと、みんなと見れて楽しいよ?」

三上さんが取り繕う。

「いや、別に楽しいけどさ」

「楽しいならいいじゃねえか! この仲間で見られるのは今だけなんだぜ?」

田中もノリノリだ。

「考えてみたら、この先これだけのことでこんなに盛り上がれるのもないのかもしれないよなあ」

金久保は冷静に言ってるけど、これはこれで楽しんでいるのかもしれない。

これが、高校生活最後の夏になる。

こいつらとこの場所でこの景色を見るのは、これが最後だ。

この刹那的で、くだらなかった夏が、それでも一生忘れないのだ。

こんなに苦しくて、走って、笑った、こんなに暑い夏は、忘れられない。

忘れたくない、そんな当たり前のこと、もう誰も口に出さない。

忘れたくないと言った瞬間、それは忘れられる対象になってしまう気がした。

それでも湧き上がる感情を、言葉にしたかった。

「夏だー!」

打ち上がる花火に向かって叫んだ。

「いきなりどうしたんだよ菅原?」

「シニカルすぎてついに頭がやられたか?」

「なんか菅原くんじゃないみたい」

みんながくすくす笑っている。

「何だよ。俺だけ恥ずかしいじゃねえかよ。お前らも叫べよ」

顔から火が出そうだ。

「仕方ねえなあ!」

みんなが次々に花火に向かって叫ぶ。

爆発音にかき消されても、日常の波に流されても、それでも今の僕らが、必死で叫び続けていた。

 

◆◇◆◇◆◇

 

私は大きく手を振る。

戻ってきた手の中には、小さな光。

「あら、うまいじゃない」

母が私を褒める。

「ほんと?」

「あたしなんかよりよっぽど上手いわよ」

脈動しているように見える。

小さくて、とても綺麗な光。

でも、その光はすぐに消えてしまった。

「あ、消えちゃった……」

なんだかそれがすごく悲しくて、涙が出そうになる。

「それでも、この光のなかに数えきれないくらいの命が入ってるのよ」

「それで、こんなに悲しいの?」

「かもしれないわね。この中にいるみんなが、あなたによって作られたの。その気持ちがわかるのかもしれない」

とても、とても悲しい。

こんなにも一瞬で終わってしまうことが、無性に悲しい。

「でも、とっても綺麗だったでしょ?」

「うん……」

確かに、小さな光は、自らの存在を示すように、何にも負けないように輝いていた。

「すぐに終わってしまうものほど、綺麗に見えるものなのよ」

それなら、私が残さなきゃ。

この綺麗な光を、その気持ちすべてを、私の中に残さなきゃ。

今、手の中で終わった、すべての命に哀悼と、

今、手の中で始まった、すべての命に祝福を。

 

◇◆◇◆◇◆

 

真っ暗な天井裏に、花が咲いた。

「なにこれ」

「なんか綺麗だね」

パチッパチッと瞬く、花のような光。

「これ、さっき僕がかじったとこだ」

「えっすごいじゃん。かじったとこ光るんだ」

「たくさんかじったらたくさん光るかな」

「楽しそう!」

僕らは前歯でそこら中の黒い線をガジガジガジガジし始めた。

だんだんと、花の数は増え、しばらくすると真っ暗だった天井裏は、綺麗なお花畑になった。

「綺麗だねえ」

「そうだねえ」

「僕らみたいに汚い生き物でも、こんなに綺麗なものが作れるなんて思わなかったよ」

「それじゃあ僕ら、旅に出て、お花売りでもしようか」

「それもいいかもねー」

しばらく、二匹は静かにお花畑を眺めていた。

「でもさ、ここの人間様もいい人だよ?」

「うん」

「僕らを殺そうとしないし、チーズも買ってくれるし」

「そうだねえ、やっぱりここにいようか」

「うん」

「それに、僕らだけでこの景色ひとりじめしてても、いいよね?」

「……ふたりじめだね」

「ふふふ」

「うふふ」

チャイムが鳴った。

「あ、人間様帰ってきた」

「人間様には見せてあげてもいい気がする」

「喜ぶかな」

「喜ぶといいね」

二匹は顔を見合わせてふふふと笑った。


あとがき

 

総合コンテンツ制作サークルの合宿に行きまして、そこで文芸班の課題として出た「花火」をテーマにしたショートショートです。

友人とテーマについて話していた時に出てきたアイデアを形にさせていただきました。

それぞれの生き物にとっての「花火」を、それぞれの視点から見ている形で、五百字程度の短い話を六本つなげています。

それぞれの話にもまたテーマがあり、人間が見た時の花火の印象を、一つずつ埋め込んであります。

初めて書くような形式で、構成を書くのに非常に苦労しましたが、最近書き始めた毎日更新してる企画の成果がうまく発揮されたのではないかと思っています。

あちらは、会話が一切でない構成にしているのですが、こちらはすべて会話を必ず書いています。

ぜひそれぞれの話を二度読んで、一番好きな話をツイッターで教えてもらえると、すごく喜ぶのでお願いします!

 

この話を書くにあたって、多くの人の花火の印象を聞きました。

結論としては、意外とみなさん花火にいい印象を持っていないなあという感じでした。

物語に描かれる花火は、多くの場合画一的と言ってもいいほどなんですが、やっぱり人はそれぞれ考えてることが違うんだなあと実感できて、そんなところもこの話の中に生かされているといいなあと思いました。

 

花火最近見てないですね……。

僕は花火好き、というより火薬の匂いが好きです。

あと最近になって線香花火の良さを知ったのですが、あんまりやる機会がなくて悲しいです。

大人数でやる花火も、一人でやる花火もまたそれぞれ良さがあるのですが、一人で花火はなかなか勇気が入りますよね。

 

そろそろ発表会なので、それでは。

ここまでお読みいただきありがとうございました。