三月の砂時計

「来週の日曜、時間ある?」

話題の突然な路線変更に、私は少し戸惑う。

「多分大丈夫だけど、どうして?」

答えてから少し迂闊だったと思い、顔をしかめそうになる。

千穂のこういう誘いに容易くのってはいけない。

千穂の高校時代からの友人に聞いた話だ。

気に入った人にはしつこいほどに世話を焼く。

それはお節介と言われるものの部類に入るだろう。

そして、厄介と言っては失礼かもしれないが、私は気に入られてしまっている。

「お花見しようと思って」

「お花見?」

「お出かけ部で」

「あー……」

露骨に嫌な顔をしてしまった。

お出かけ部とは、私が大学一年生時代を過ごした非公認サークルの名前である。

そして、私が来年度からやめようと思っているサークルの名前でもある。

理由は単純。

人間関係の問題だ。

「私、いいや」と、そう言う前に遮ってくる千穂。

「武宮くんと仲直りするチャンスだよ!」

そう、武宮くん。

武宮紫吹 たけみやしぶき と別れたのは期末テストの前のことだから、二ヶ月半前になるのだろうか。

それ以来、サークルには顔を出していない。

「いやね、私だってさ、武宮くんとゆかりがこのままで終わっちゃうの嫌だもん」

過剰なお節介。

他人の為を思った行為が誰かを傷つけることもあるのだと、彼女は知っているのだろうか。

別に私が傷ついているわけでもないし怒りは湧かない。

そういう人なのだろうから。

しかし厄介なのは厄介だ。

断るのがおそらく正しいのだろうけど、私のことを思った誘いは断りづらい。

私にとって厄介なのは私でもあるのだ。

どうしようかと思った瞬間、千穂は遠くから声をかけられて行ってしまう。

「あ、じゃあ私行くから。お菓子も作ってくるしちゃんと来てねー」

一人になった私は、なんとなく千穂の言葉が耳に残ったままだったのが嫌だったので、すぐにヘッドホンをした。

 

 

私が聴く音楽は、専らギターの入った曲だ。

ギターの音が耳に残るのが好きだから。

頭の芯を揺らして周りの音をすべてかき消してくれるような重いギターの音が好き。

一方で、武宮くんは私の聴く曲をよく思っていなかったようで、私の耳の心配ばかりしていた。

私も最初は素直な心配か親心の類いだと思っていて、それが武宮くんの優しさだと受け取っていた。

過剰な心配。

過剰な親心。

だんだんと、心が打ち解けていくうちに、なんとなく彼は自分の付き合っている女の子にこういう曲を聴いていてほしくないのだろうとわかってきた。

心配や親心は自分の意見を通すためのベールなのだ。

きっと意識的にしているわけではない。

無意識的な処世術。

優しさというオブラートで包んで、本質は自らの主張を通す行為。

そういうところは好きになれなかった。

それに気づいてから、彼の声もギターで消すようになったのだった。

デートの後、最寄り駅で彼と別れて、電車を降りてすぐにかぶるヘッドホン。

大学で、彼が授業に行ったことを見計らってすぐにかぶるヘッドホン。

邪魔な音は全部消したくなる。

彼の声も邪魔になってしまってから、別れるまでにそう時間はかからなかった。

 

とはいえ、邪魔だと思ってからも好きだったのだ。

 

 

今年の開花が早かったとはいえ、満開にはやっぱりまだ少し早すぎた。

けれど、チラチラと咲き始めた桜の下には、何組かの大学生たちが花見をしていたのだった。

騒がしい風景。

これから今以上に花見客が増えるのだ。

大学への道のりがますます騒がしくなるのだと考えると、家から出るのさえ億劫になる。

 

花見の約束はやんわりと断ってしまった。

メールで断ったら予想外にあっさり終わってしまって、こんな感じで良いのかなあと思うくらいには拍子抜けしてしまった。

怒った顔文字が千穂のお節介スキルの高さと私の世話焼き甲斐のなさを象徴している気がする。

次に千穂に会ったときはどんな顔をすれば良いだろうか。

きっと気まずいことになる。

でも。

顔を合わせないようにすれば良い。

顔を合わせたってそれなりに流せば良い。

誰かとつるまなくても私は生きていける。

ヘッドホンさえあれば、私は生きていける気がする。

こういう思考が気休めにしかならない言い訳だということはわかっていても、確かにそんな気持ちになってしまうのだ。

他人の力を借りないで生きていける人はいない。

けれど、なるべく借りないでも生きていけるように私はここまで生きてきた。

 

千穂と関わり始めたのも、私の方からではなければよかったのだろう。

いや、あれを私の方からだとするのも少し語弊がある気がする。

しかし、原因が私にあるのは間違いないのだ。

春、一人で上京した私は、一人暮らしの勝手がまるでわかっていなかった。

自炊をすることを心に決めていたが、ひと月もすると忙しさに負けてコンビニ弁当の日々になった。

毎月のささやかな仕送りはすぐに底をつき、大学生活が安定してから始めようと思っていたバイトも、なかなか始められずにいた。

私の両親は、周りより少しだけ成績のよかった私を少しでも良い大学に進ませてあげようと、厳しい家計からお金を捻出して東京に送り出してくれたのだ。

親の財布を削るより自分の身を削るべきだと思った私は、一日二食計画を実行に移した。

簡単に言えば、毎日昼食を抜いたのである。

最初は割と楽だと思っていたのに、だんだんと苦しくなっていく身体。

毎週訪れる午後の体育が、私の体力の減少を見事に表していた気がする。

六月の頃、マラソン中についに私は倒れたのだった。

いや、倒れたという記憶はない。

気がつくと私は、顔しか知らない女の子の差し出した妙においしいマドレーヌを三つ頬張って、四つ目に手を出そうとしていた。

その女の子が千穂だ。

 

彼女は、毎週体育で苦しんでいる私をずっと見ていたらしい。

なんでも、「こんなにすらっとしていて背が高くていかにも運動してましたみたいなスタイルのいい女の子がこんなにすぐにバテる訳がない」だそうだ。

確かに高校まで陸上をやっていた私からしたら、その頃のスタミナのなさは本当に異常と言ってもおかしくなかったが、他人から見てわかるほどではなかったと思う。

それでも千穂は機会をうかがって、毎週体育のある曜日には何かしらのお菓子を焼いて持ってきていたのだ。

はじめにそれを聞いたときは、ちょっと引いた。

私が食べなかったそれまでの日のお菓子は、お出かけ部なる謎のサークルの中で振る舞われていたのだという。

そのお出かけ部に一度来ることを半ば強引に誘う千穂に、恩のある私は断り切れず入ったのだった。

 

お出かけ部の日々は楽しかった。

毎週末にお出かけをして、平日の暇なときは大学の中庭でお菓子を食べて、他愛ないおしゃべりをして。

一人で過ごす大学生活に慣れ始めていたから、こういう楽しさは新鮮で、お出かけ部のメンバーともすぐに打ち解けた。

そのお出かけ部の中に、武宮くんもいた。

 

初めて手をつないだのは、どちらからというわけじゃなかったと思う。

八月、みんなで行った花火大会で、私は一人はぐれてしまった。

独りぼっちは慣れていたはずなのに、一人で花火を見ることになるのは少しさみしくて、そうするくらいなら帰ろうかと思っていたのだ。

人混みを逆らって駅に向かう途中、遅れてきた武宮くんにばったり出会った。

「宇高、帰るのか?」

「いや、そういうわけじゃなくて……武宮くんが遅れてるって言うから探しに来てあげたんだよ」

とっさについた嘘が、私の気持ちを表していたかはわからない。

誰かに会いたかったというのが、本音だったのは確かだった。

そのときはきっと武宮くんじゃなくてもよかったのだろう。

「そうだったのか」

武宮くんは気まずい雰囲気を押し殺したような仏頂面をする。

私も口に出してしまった言葉を少し後悔しながら苦笑いをする。

「じゃあ、行くか」

「そうだね。きっとみんなも待ってる」

人混みを進む中、二人は周囲の雑音をかき消すみたいに話をした。

今までどんな日々を過ごしてきたか。

大学に入る前はどんなことをしていたか。

自分がどんな人間で、何が好きで、何が嫌いか。

露店も見ず、何も買わず、ひたすらしゃべり続けた。

よくわからないけど感じてしまう、彼との隙間を埋めたかった。

その会話を突然遮る爆音。

私たちは思わず立ち止まった。

空が光っていた。

そのとき、私は自分が誰かと手をつないでいるのに気がついたのだ。

彼も、たった今気がついたという顔をしていた。

その顔が、戸惑いを隠しきれない精悍な顔つきが、赤や黄色に照らされたその顔が、その恋の奇妙な始まりだった。

 

 

日曜日。

やっぱり外は人が多く、少しずつ桜色の目立ってきた木に大勢の人が群がっていた。

家を出たくないのだが、あいにくバイトが入っている。

お出かけ部に顔を出さなくなってからシフトを増やせたので、少しずつお金が貯まってきた。

しかしこんな日にバイトに行かないといけなくなったのは億劫でしかない。

お出かけ部は本当に花見をしているのだろうか。

しているのなら遭遇しないようにしないとと思ったところで、どこでしているのか聞いていないことに気がついた。

聞く前に断ってしまった。

それぐらいのことは聞いておけばよかったと後悔してももう仕方ない。

バイトまで時間がないし急いで行こう。

 

町には本当に人が多かった。

私はその人の波に呑まれながら、桜が見えたら道を変えるということを繰り返していた。

視界にピンク色が入るたびに道を曲がる。

立ち止まっている人が多いところでは道を変える。

そのうちにだんだんバイトの時間が迫ってきて、半ば駆け足でバイト先に向かう。

ビクビクしているから、知らない人の声で「ゆかり」という名前を呼ばれても振り返りそうになってしまう。

周りの声がだんだんすべて鮮明に聞こえるようになってくる。

息が詰まって、鯨が水面に顔を出すみたいにヘッドホンをして音量を上げた。

 

 

実家にいるとき、桜の時期になると毎年のように母親から言われていたことがあった。

「ゆかりは昔、桜が散るのをすごく嫌がってたのよ」

私にはそんな記憶はない。

しかし、満開になってきれいになった桜が、風で少しずつ崩れていってしまうように思えたのだろうと推測はできる。

ハラハラと散っていく桜。

バラバラと崩れていく桜。

美しいものがなくなってしまう。

綺麗であろうとするものが圧倒的な力によって壊されていく感覚。

来年になったらまた咲くからと聞かされても、幼い私は聞かなかった。

桜は散る。

そうやって季節が少しずつ巡っていく。

子供にとって一年間という時間はとても長いものだろう。

桜はもう永遠に咲けないというような気持ちになってもおかしくない。

今の私からは考えられないが、当時の私は夢見がちで、ものの気持ちを考えてしまうような子供だったのだ。

 

十一月くらいの頃のことだったと思う。

その話を武宮くんにしたとき、武宮くんは意外にも、「君らしい」と言った。

こんなに今の私と違うのに私らしいとはどういうことかと聞くと、「君らしさはそういううわべのところで見えるものじゃない」と言っていた。

彼には私の知らない私が見えているのかなと思うと、とてもうれしくなったのを覚えている。

それから、春になったら二人で桜を見に行く約束をしたのだった。

 

お出かけ部での花見の予定を断ったことによって、武宮くんと桜を見に行く約束を破ったことになると今更になって気づいたのだった。

 

あの頃の記憶は楽しい。

胸が痛くなるほど楽しかったことを思い出させる。

 

二人で映画を見たこと。

いつも見る映画を選ぶのは私だった。

私が選ぶ映画は定番のものばかりで、終わってから映画の批判を二人で延々と並べるのが楽しかった。

一度だけ彼が選んだ映画を見に行ったとき、初めて映画を見て泣いた。

彼も目を袖で拭っているのを、私は見逃さなかったけど、黙っていた。

ポップコーンはいつも二人とも遠慮するから、結局最後に余ったポップコーンを回収箱の前で二人で掻き込むのだ。

高いから買わなくて良いといつも彼に言われていたけれど、私はポップコーンを掻き込む彼を見たくて毎回買っていた。

 

二人でカラオケに行ったこと。

正直言って私は音痴だ。

けど、正直言って彼も音痴なのだ。

彼は高校時代は剣道部の主将で、恋人と出かける先など映画とカラオケくらいしか知らなかった。

だから映画の前か後にはカラオケに行っていたのだが、何しろ二人とも音痴だからひどいものだ。

それでも普段は大きい声を出したりしない彼が、大きな声を出しているだけでなんだか楽しくなっていた。

途中で二人とも歌い疲れて、声が潰れてもしゃべっている状況がとても楽しかった。

 

公園でしゃべることさえ、二人にとっては大切な時間だった。

日々起きたことを、夜になるまでしゃべって、それからゆっくり帰るのだ。

自分の特性についてしゃべって、聞いて、考える。

会わないときだって、朝から晩までメールした。

おはようからおやすみまでずっと一緒にいる気がした。

そうじゃないと気が済まなかった。

ずっと楽しいままでいられると思っていた。

いずれ楽しい日々は終わるなんて、考えようとすらしなかった。

 

 

彼との約束を果たした方が良いのだろうかと、考えてやめるを四日間くらい繰り返していた。

桜が満開になった今、彼を呼び出して一緒に桜を見た方が良いのだろうか。

彼との別れ際のことを思い出したら思考の余地はないはずなのに、私は悩むことをやめられなかった。

しかし私は何もしなかった。

 

 

そして桜は満開になった。

 

 

散歩に出たことに、目的がなかったと言えば嘘になる。

私は満開の桜を見上げて立っていた。

百点満点のソメイヨシノ。

空を覆い尽くすような白い花びらが重なり合って薄桃色を形作っている。

甘い色合いは砂糖菓子を彷彿とさせ、太陽に透けてキラキラ光る姿が眩しい。

自分の背丈の何倍も大きく、手の届かない花束。

その花は少しずつではあるものの、しかし確実に崩壊を続けている。

ハラハラと、ハラハラと散っていく。

 

砂時計。

そんな言葉が思い浮かんだ。

この花は三月の終わりを示す砂時計だ。

三月が終わってしまうことを、私に教えてくれる砂時計。

落ちた花がまた枝に戻ることはない。

過ぎ去った時間は巻き戻ることはない。

三月はサラサラと落ちていくだけ。

私は花びらが落ちていくのを、ただ黙ってみているだけ。

花びらは、風に逆らえない。

自らの重さに、時の流れに、逆らうことなんてできないのだ。

 

そんなことを考えながら少しずつ散り始める桜を見上げていると、どこかから声がした。

「これで、忘れられるのかな」

優しい声だった。

ひとの感情の綺麗なところだけを掬ったみたいな声。

その声は私の声で、私の口から出た声で、そうとわかるのには少しだけ時間がかかった。

その言葉を反芻していく。

「この桜が散れば、忘れられるのかな」

呪文のように、繰り返す。

「あの人のこと全部、忘れられるのかな」

 

 

別れ際は、最悪だった。

私は体調を崩していた。

デートの最中におなかを壊すことが増えた。

彼との関係に対する重みからだったかどうかはわからないが、とにかく彼と一緒にいるときにお手洗いに駆け込むことが増えたのだ。

私にとってはとても苦しい事象だった。

不信感を抱かれてもおかしくない行動だとわかっていたが、本当に体調が悪いのだから仕方ない。

普通なら疑うかもしれないけれど、彼ならきっとわかってくれると思っていたのだ。

体調が悪い時期なだけ。

しばらくしたら治ってくれる。

また一緒に楽しく遊ぶことができる。

体調を崩す原因が彼だったとしても、治したいと思う気力の元も彼だった。

いや、彼との楽しかった日々の思い出と言うべきか。

確かに彼はずっと心配してくれていたのだ。

手を洗って出てくるときに彼はいつも、「大丈夫か? 帰って休んだ方が良いんじゃないか?」とか声をかけてくれていた。

私は心配をかけたくなくて、「平気、平気」と言ってごまかしていた。

その心配の声が、彼という人格を『優しい彼氏』という概念に固定するためのものだと、だんだんとわかってきた。

私を心配していた言葉じゃない。

『優しい彼氏』であるための言葉だったのだ。

『優しい彼氏』であることにも限度がある。

恋人が自分を虐げようとしているならば、もはや彼は『優しい彼氏』である必要はなくなる。

あるデートの日の朝、私はいつもと比べものにならないくらい具合が悪くなって、ついに自宅のトイレから一歩も動けなくなった。

今何時だかもわからなければ連絡手段もない。

ただただ痛むおなかを押さえて呻くことしかできなかった。

痛みが治まったときには、待ち合わせの時刻を二時間も過ぎていた。

スマホには大量のメールと着信履歴。

最初は心配するメールだったが、だんだんとそれが説教くさく変わってゆき、最終的にそれは一方的に私を罵倒する言葉に変わったのだった。

そこから先はもう思い出したくもない。

私がどんなに一生懸命謝罪をしても、彼が許すことはない。

今まで被っていた『優しい彼氏』の皮。

無理に『優しい彼氏』の皮を被って待たされた彼は、とっくに待ちくたびれてしまった。

あんなに罵倒の言葉を吐いた彼に、『優しい彼氏』の皮はもう被れないのだ。

謝罪を諦めた私は、スマホの電源を切って、ヘッドホンをした。

音量は今までにない最大音量まで上げた。

私の声まで、かき消してくれるように。

 

 

今晩は嵐が来るらしい。

天気予報でそう言っていた。

私は窓を開けた。

かなり強い風が吹き込んできたので、すぐに雨戸を閉めた。

春の嵐。

花嵐。

この嵐で、桜はきっとすべて散ってしまうだろう。

これできっと、すべて忘れてしまえるのだ。

私は布団に入って目を閉じた。

 

三月ももうすぐ終わる。

 

 

 

 

 

 

吹きすさぶ風の中、散りゆく桜の前に立つ少女。

 

大きく開いた両の腕で、桜を守っている気でいた。

 

無知な彼女は、それで桜が守れると思っていたのだ。

 

どんなに絶望的な状況も、自分の力で変えられると信じて止まなかった。

 

信じれば、疑わなければ、きっと変わる。

 

幼い子供に不可能なんて存在しなかった。

 

風の暴力は四方八方から桜を襲う。

 

散っていく桜の花びらが、視界を覆っていく。

 

それでも桜を守りたいと願う少女は、どんなに強い風が吹いても、桜の前で手を広げることをやめなかった。

 

その子は、間違いなく私だ。

 

散っていく桜を守ろうとする少女は、間違いなく幼い私だった。

 

 

そんな夢を見た。

 

 

 

 

 

 

嵐の後で、空は真っ青だった。

私は昨日見た桜の木に向かった。

二週間前に比べて、かなり気温が上がったと思う。

薄手のコートを羽織ってきたのだが、途中で脱いで腕に掛ける。

 

 

桜の花は、枝には一つも残っていなかった。

茶色い木があるだけ。

抜けるような青い空を背景に、茶色い木だけが残されていた。

彼女の願いは届かなかったのだ。

幼い少女の願いは叶わず、桜はすべて散ってしまった。

それでも、それでいいと思える。

大人になるって、そういうことだ。

三月は終わって、季節は何度でも巡る。

茶色い桜の木もよく見ると、少しだけ若葉が芽吹いている。

少しだけ大人になった私は、地面に落ちた桜の花びらを踏んで歩く。

あの頃届かなかった花は、綺麗に咲いていた花びらたちは、今足元にある。

 

あの人の記憶は消えない。

痛々しい傷も、思い出したくないことも、楽しかったと感じていた記憶も残されたまま。

それすらも糧にできるほど私は強くはないけど、足元に散らばったそれを踏みしめて歩いて行く。

 

桜の絨毯は、私の未来への花道。

私の未来を、彩る花の道。

 

 

少しだけゆっくり歩こう。


あとがき

 

今年の東京のソメイヨシノの開花予想は3月25日だそうです。

今日は2017年2月20日ですね。

季節感がないです。

ですが放っておいたら春なんてすぐに来てしまいます。

そんなわけで、もう少しで訪れる桜の季節を思い浮かべていただけましたでしょうか。

 

この小説は、真夜猫さんが「かっこいい題名の小説が書きたい!」ということで考えた案から生まれたものであります。

大学生になってから一年が経つわけで、早いものだなあと思います。

密度の濃い一年間でした。

ゆかりちゃんの一年間も非常に密度の濃いものだったのではないかと思います。

今回はそのゆかりちゃんの一年間の最後の一ページを書くことにしたのでした。

 

楽しかった日々っていつか終わってしまうんですよね。

永遠に続けばいいと思っていた日々って、どこかで崩れて、消えてしまう。

それが喧嘩別れとかで、もう二度と顔も見たくないとか思うようになったとしても、楽しかった日々が確実にどこかにあって、そういう記憶を否定するのは簡単なんです。

最初はきっと否定して、『あんなやつ』と一緒にいた思い出なんて全部つらかったものに置き換えてしまおうとする。

氷みたいに、記憶をカチカチに固めて、中を見えないようにしてしまう。

でも、だんだんとそれを溶かして、楽しかった日々を楽しかったって認められるようになって、もう戻ろうとしても戻れないんだなあって思い返せるようになることが本当の楽しかった日々の『終わり』なんじゃないかと思うんです。

僕は楽しかった日々を氷漬けにしたくないと思いました。

どんな終わり方だったとしても、そのときの自分の感情を素直に認められる人になりたいものですね。

 

ゆかりちゃんは自分の過去と向き合うことにして、少しだけ大人になりました。

 

大人になるってどういうことなんだろうと、大人になってしまった今でも考えています。

最近の自分の結論は、あったこと全部、感じたこと全部をそのまま認められる人、が大人なのかなと思います。

まあ、その上でしっかり考えて行動できるとか、自分のことだけでなく周囲のことも思考の中に入れられるとか、いろいろありますが、そういうものを総合して考えると、僕はまだまだ子供のままで、大人になるって大変だなあと思います。

受け入れるって大変なことです。

でもみんながみんなあったこと全部を受け入れられてたら物語なんてできないですよね。

この条件って大人の条件じゃなくて、仙人の条件なのかなとか考えたりしちゃいます。

 

そんなわけで、今回のお話はここまでということで、楽しんでいただけましたか?

大人になりたいので多分まだまだ大人になりたいっていう話を書くと思います。

温かい目で見守っていただけるとうれしいです。

 

ここまでお読みいただきありがとうございました!