サンタクロースの娘

酒をあおる。

そうでもしないとやってられない。

俺はいつから架空の存在になったんだ。

ウイスキーで口をすすぎながら考える。

酒でとろけた思考は散漫で、簡単なことでも答えを導き出すのには時間が必要だ。

傾く首を戻しながらゆっくりと思い出していく。

二年前、俺はサンタクロースを定年になった。

それまで俺は、毎年クリスマスの奴隷のように身体にムチを打って働いていた。

肉体的にはもう限界だったのだ。

神様は、俺を定年退職させた。

そして、俺のような者をなくすために、神様はサンタクロースを、子供の保護者が騙る存在にした。

世界中の大人たちから“クリスマスの不思議”の記憶はかき消され、代わりに子どもたちのクリスマスに対する夢は自分たちが与えるもの、自分たちが与えてきたものだという記憶が加えられた。

定年退職をしたことによって、俺は架空の存在になったのだ。

俺のしてきたことを信じる人はいなくなった。

俺を信じる人はいなくなった。

腹いせにその辺にあった紙を半分に破く。

今朝うちに届いた手紙だ。

うちで雇っていた家政婦の退職願らしい。

辞めていった家政婦の数はこれで見事に二桁突入で、本当に腹が立つ。

クリスマス前日に、こんなものしか届かない郵便受けを燃やしてしまいたい。

子どもたちの手紙が届くようなクリスマスは、過去になってしまった。

 

消え行く思考の中にノックの音が響いた。

「お父さん、入っていい?」

「……なんだ」

ドアを開けて入ってきたのは娘だった。

俺の十歳の娘、キャロル。

栗色の髪がウェーブを描きながら肘辺りまで伸びている。

母親似だから、何故か無性に腹が立つ。

「今年も明日のクリスマスイブはうちにいないの?」

一昨年まではプレゼントを配って周るクリスマスだった。

去年はパブで飲み明かした。

結局クリスマスを家で過ごしたことはない。

今年もパブに行こうと思っていたところだ。

「それがどうした」

「……そう」

キャロルは明らかに落胆の表情をする。

「用事がそれだけならさっさと寝ろ。もう十一時だ」

「あ、あのね」

取り繕うように笑いながらキャロルがこう言う。

「たまには、昔子どもたちからもらった手紙なんかを読み返すといいかもよ。ほら、お酒ばっかりも身体に悪いし」

指図するような言葉が癇に障った。

「うるさい! いいから早く寝ろ!」

 

翌朝、吐き気とともに目を覚ました。

朝日が目に痛い。

ふらふらとトイレに向かい、ひとしきり吐いてから部屋に戻る。

時計を見ると、ずっと朝だと思っていたのがもう午後であることに気がついた。

キャロルも自分で食事を作って食べて勝手に学校に行っているみたいだ。

定年後の老人ほど暇なものはない。

キャロルが言っていたことを思い出してなんとなく机の下を探った。

もう二年も開けられていないその木箱は、ホコリが積もって白くなっていた。

中には二年前までに届いた世界中の子供達からの手紙が詰められている。

どの手紙を書いた子供にも、俺はプレゼントを配り、ささやかな幸せを祈ってきた。

一つ一つの手紙の内容だって、なんとなく覚えている。

手紙を見ながら仕事をしていた頃を思い出す。

この子の欲しがったロボットは限定品で探すのに苦労した。

とか、

自転車を何台もお願いされると持っていくのが大変なんだ。

とか、

この子にあげたテディベアは大きいのを買いすぎてかさばって大変だった。

とか。

苦労した記憶ばかりなのに、不思議と悪い気持ちはしないのだ。

どんな汚い字でも知らない言語でも、子供が俺に向けて書いた手紙なら、読むことができる。

それは神様が俺にくれた能力の一つだった。

仕事は重労働だったが、仕事をしている時間は嫌いじゃなかった。

感傷に浸りながら手紙をめくっていると、その中に一つだけ見たことのない手紙があった。

 

「サンタさんへ。今年のクリスマスには大きなくまのぬいぐるみがほしいです。いつもありがとう。キャロル」

 

日付は去年のクリスマスだった。

あいつ、なんで一言も言わないんだ。

とか思ったが、俺が去年のクリスマスにパブで飲み明かしたのもまた事実だった。

去年の話だ。

無視しようかとも思ったが、この箱の中に俺が応えていない手紙があるのが許せない。

まるで俺が仕事をしていなかったみたいだ。

俺はくまのぬいぐるみを求めて街に向かうことにした。

 

街には赤い服を着た男やら女やらが溢れていた。

どいつもこいつも紛い物だと思うと、なんだかムカムカしてきて、吐き気がぶり返してきた。

俺は子供じゃないから話しかけられたりはしないが、話しかけられたら殴ってやろうと思うくらいにはイライラしている。

街の入口近くにあるおもちゃ屋に入ると、店員が話しかけてきた。

店内はガラガラで、ほとんど何もない。

「なにかお探しですか?」

「くまのぬいぐるみを探している」

店員は苦笑いで答える。

「申し訳ありませんが、くまのぬいぐるみは売り切れで……」

「そんなこと前まであったか?」

「クリスマス時期はいつもよく売れるんですが、去年と今年は特に顕著でして……」

俺だけじゃない大人たちが子どもたちのためにこぞっておもちゃを買うようになったら、こうなるに決まっているのだった。

「そうか、すまなかった」

俺はこの店をあとにした。

 

しかしながら一つの店が空になっているのだから、この街のどこの店に行ったところでどこも空っぽなのは自明だった。

一番大きなおもちゃ屋にも、ストラップ程度の小さなテディベアしかなかったことを確かめると、俺は馬車に乗って隣町に向かうことにした。

 

夕焼けが幌の中を照らしている。

隣町に行くと妻のことを思い出す。

妻に渡す結婚指輪を選ぶために、俺は隣町の宝石屋に行ったのだ。

しかしまあ、指輪を買う金などなく、それでもプロポーズを翌日に控えた俺は、隣りにあったおもちゃ屋でフライパンほどの大きさのテディベアを買ったのだ。

当然妻には笑われたが、「あなたらしい」というお褒めの言葉を頂戴した。

そのテディベアは、棺に入れて燃やしてしまった。

 

妻は、九歳の娘と俺を残して今年のはじめに他界した。

病気だったことを、俺だけには隠して、隠し通してそのまま死んだ。

定年になってから遊び歩いていた俺のせいで心労が祟って病気が悪化したことを、死んでから初めて知った。

俺が殺した。

妻の遺書には、俺への恨み言なんか一つも書いてなかった。

それどころか、最後まで好きなように生きて、死ぬまで楽しんでほしいと、そう書かれていた。

それから俺はひと月の間、ひたすら苦しんだ。

それこそが生きることであるかのように、ただ苦しむために苦しんだ。

何度も何度も遺書を読んで、それでも楽しむということがわからなくて、悩み続けた。

娘の顔もまともに見られない。

ある時、キャロルに言われた。

「苦しめば、お母さんは戻ってくるの?」

その時から、俺は苦しむのを辞めた。

 

キャロルは妻に似ている。

遊び歩く俺を否定しない。

悩み続ける俺を罵倒しない。

できた娘だ。

本当に妻を見ているみたいだ。

苦しまなくしてくれたのはキャロルなのに、そのキャロルに俺の苦しみを煽られているような気がして、無性に腹が立つ。

 

隣町に着いたころには夜だった。

イルミネーションが照らす街に、チラチラと雪が降り出している。

俺が働く日は必ずと言っていいほど雪が降る。

ホワイトクリスマスだ。

手足がかじかんできた。

先を急ごう。

 

この街のおもちゃ屋はさっきまでいたところと比べて格段に大きい。

その店内に一歩踏み入れた俺が、絶望にも似た感情を受け取った理由は、言うまでもないだろう。

このまま手ぶらで帰る訳にはいかない。

このまま帰ってもおそらくいつもと同じ日常が続いていく。

それでも、俺が一人の少女の願いを無視した事実は残る。

俺は娘に何もしてこなかった。

 

子どもたちの夢をかなえることで、俺は自分に価値があると思い込んでいた。

それだけが俺の生きがいだった。

俺は、俺のために、夢を叶えていた。

俺の自己満足のためなんて薄っぺらい理由で、たまたま子供の夢が叶えられていただけで、ただそれだけで自分に価値があるなんて思い上がりも甚だしい。

大体、プレゼント一つで叶う夢なんて、ないはずなのに。

それでも喜ぶ顔が見たくて、どこかの子供が喜ぶ顔を見ると自分に価値があると思ってしまっていた。

自分の娘のたった一つの願いさえ叶えられない自分に、そのしょうもないお願いに一年も気づかなかった俺に、何の価値があるっていうんだ。

 

「サンタさん、どうしたの……?」

道端のベンチに座り込んでいたら、ふと少女に声をかけられた。

視線を下に向けると五歳くらいの女の子が、俺の足元にいた。

「……俺は、もうサンタじゃないよ」

俺はきっとひどく悲しい顔をしていたのだろう。

その子は俺を元気づけようとしているのか、笑顔で話しかけてくる。

「でも、真っ白なお髭を生やして、大きなお腹をして、優しそうな目をしてるのは、サンタさんでしょ?」

そう、俺はサンタクロースだった。

今、俺は娘にプレゼントを届ける一人のサンタクロースだ。

「クリスマスイブにサンタさんがそんな顔してたらみんな悲しくなっちゃうよ? どうしたの? プレゼントなくしちゃったの?」

しばし戸惑ってから俺は口を開く。

「そうなんだ。女の子に渡すはずのプレゼントがどこにもないんだよ」

こんな小さな子にこんな話をしてどうなるんだと思う。

それでも口が動くのを止められない。

「いつも優しくて、どんなに意地悪するおじさんにも文句一つ言わないで、自分の世話は自分でして、他人の身体の心配ばっかりする、すごくいい子なんだ。それなのに、それなのに……」

「泣かないで、サンタさん」

少女のハンカチが、俺の頬を拭った。

「いつもサンタさんにプレゼントもらってばっかりだから、今度は私がサンタさんにプレゼントあげるね!」

ちょっと待っててねと言って駆け出した少女は、数分後、身の丈に合わないほど大きなくまのぬいぐるみを持って帰ってきた。

「これサンタさんにもらったんだけど、サンタさんが大好きなそのいい子にあげてね。私はもっといいのもらうから!」

そのくまのぬいぐるみは、まさしく自分がプレゼントしたものだった。

「私が寝てからまた来るんでしょ?」

「……そうだね」

「サンタさんが来るまで私絶対起きてるから!」

「そんなことしてたらお家に入れないよ」

「パパとママは寝てるから大丈夫よ! サンタさんと私だけの秘密、ね?」

「じゃあ、そうしようか」

無力なサンタクロースは、少女と守れない約束をした。

「メリークリスマス、サンタさん」

「メリークリスマス、来年もいい一年になりますように」

この子に立派なプレゼントが届きますように。

この子とその家族に素敵な一年が訪れますように。

 

空飛ぶそりもトナカイも、今は持っていないサンタクロースは、馬車に乗って家に帰る。

馬車の中で、大きなくまのぬいぐるみに、妻にあげたテディベアに付いていた鈴を付けた。

しんしんと降る雪の中見えた自分の家は、もう明かりが消えて暗くなっていた。

御者は俺が降りる時に、

「メリークリスマス。娘さんが喜ぶといいですね」

と言ったので、俺も

「メリークリスマス。お前も早く子どもできるといいな」

と言ってやったら、御者は

「その前に結婚相手を見繕ってほしいですね。大人なんでもうサンタに頼るわけにもいかないですけど」

と言った。

イブの夜にも馬車を走らせてくれてご苦労なこった。

ありがとよ、と手を振って見送った。

 

部屋に戻ったときには、もう十二時を回っていた。

クローゼットから真っ赤な服を引っ張り出す。

一年に一度しか着ないのに、その服はもう裾もほつれてぼろぼろになっている。

音を立てないように着替えた俺は、巨大なぬいぐるみを持って部屋を出た。

キャロルはすっかり寝入っていた。

その寝顔は、本当に妻を見ているようだった。

目を開けていないから、見つめることができた。

あんなに小さかった子が、大きく、きれいになったんだな。

今まで迷惑かけてごめん。

多分これからも迷惑かけると思う。

それでも、愛想を尽かすまで一緒にいてくれたら。

愛想を尽かしたら好きな子でも見つけて、結婚して、幸せになってくれたら。

いつか自分の子供に笑顔でプレゼントを渡すようになってくれたら。

それ以上のことは望まないから。

 

部屋を出た俺は、寒さの余りその格好のまま居間で暖炉に火を入れた。

久しぶりに自分でココアを作って飲んでいると、物音でキャロルが起きてきてしまった。

手には大きな大きなくまのぬいぐるみが抱かれている。

「メリークリスマス、サンタさん」

「おめえ、親父の顔もわからなくなったか」

「今はサンタさんでしょ?」

確かに真っ赤な服を着たままだった。

「そうだったな……んー……あー、ゴホン、ゴホン。…………ホッホッホ!!! メリーーーークリスマス!!!! いい子にしてたら来年もわしが来てあげよう!! …………これでいいか」

「来年も?」

「来ねえよ。定年なんだよ俺は」

「楽しみにしてるね!」

「…………勝手にしてろ」


あとがき

 

メリークリスマス。

まだ11月半分も終わってないんですが、寒いので許してください。

サンタクロースって、子どもたちにプレゼントをあげることによってアイデンティティを保ってたらどうでしょうという物語でした。

 

自分を自分だと決めるものっていうのは色々あると思うんですが、「肩書を名乗る」という行為はアイデンティティと非常に関わりが深いのではないかと思います。

例えば、僕が小説で生計を立てることになって、「僕は小説家です」と名乗ったとします。

この場合、僕は自分の小説家というアイデンティティを強化して、他人にとって僕の存在は小説家の男になったわけです。

ただ、強化されたアイデンティティは、弱点にもなるわけです。

この小説家の男が小説を書けなくなった場合、小説家じゃなくなった男は、ただの男になってしまう。

肩書を名乗ってアイデンティティを強化してしまったがゆえに、アイデンティティの喪失に苦しむのです。

本当は、小説家の男が書いた小説はどこかに残りますし、ただの男とかいう特徴の全くない人間なんていなくて、生きている以上特徴は何かしらあるんです。

自分にはアイデンティティがないと思っている人にも、生きてきた過程があり、今生きているその人があり、その人を囲む環境があるのです。

他人のほうがよっぽどその人のことがわかってるという場合も結構ありますからね。

ところが、キャラクターとなってくると少し事情が違う気がします。

プレゼントを配らないサンタクロースはサンタクロースじゃない!

とか、

電気技の使えないピカチュウなんて使えねー

とか、

飛べない豚はただの豚だ

とかですね。

と、そうなってくると、さっきの男がアイデンティティの喪失に苦しんでいた理由もわかりやすくなってきます。

要するに、自分を「小説家というキャラクター」として認識しているからですね。

人物をキャラ化するということは誰でもやってるんですが、人間も変化していく生き物ですから、臨機応変に対応できるように心構えをしておきたいですねという、よくわからないお話でした。

アイデンティティをなくしたと思っていたサンタさんにも、過去にしたことは誰かの心のなかに残っていたのでした。

 

さて、この文章5300字くらいしかないんですけど、結構書くの辛かったんですね。

というのも、登場人物の特性上、いつも描いているような感情が序盤に全く描けなくて、文章がどんどん汚くなっていって、満足できるものが書けそうにないと思ってたからなんです。

投稿を前にしている今でも、少し表現が足りないような気がしているので、どうなんだろうなーと思っていますが、これ以上どうしようもない気もしているので投稿します。

ストーリーのあるものが久しぶりに書けた点は満足です。

今更だけど僕の小説における女性の死亡率は異常。

 

というかホームページに小説載せるの二ヶ月ぶりなんですね。

この二ヶ月の間に二本ほど書いてるんですが、諸事情ありまして載せてません。

代わりと言ってはなんですが、今日のエモい情景を毎日更新しているのでよろしくお願いします。

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

皆さん良いクリスマスをお過ごしください!