青い鳥

「部長」
「なんだよ」
「なんで今日社長いないんですか」
「お前だって知ってるだろ。青い鳥だよ。青い鳥を探しに行っちゃったんだよ」

青い鳥。
一昨日、土曜日の夜、信じられないようなことが起きた。
世界中のテレビ局が何者かによって乗っ取られたのだ。
乗っ取った人物はこれまた信じられないようなことを言った。

「私はこの地球のどこかに、一匹の青い鳥を隠しました。青い鳥を最初に見つけた人は自分のお願いをなんでも叶えることが出来ます。どんなお願いでも構いません。絶対に叶わないような願い事を、何でも叶う青い鳥で叶えてみませんか?」

この放送によって一部の馬鹿は青い鳥を探しに行ってしまった。

「でも会社の存続が懸かってるプロジェクトの会議を休むってどういうことですか」
「どうもこうも、会社の存続なんて社長にとってはその程度だったんだろ」
「私のプレゼンがそんなに聞きたくなかったんですか」
「別にそうじゃないだろうけどさ」
「世界に一つしかない青い鳥がほんとに見つかると思ってるんですか?」
「俺に聞くなよ……」

青い鳥。
誰にだって叶えたい願いがあるものだと、衆知の事実のようにみんな知っている。
でもそれは殆どの場合口に出しては言えないと、暗黙の了解のようにみんな思っている。
私が青い鳥を見つけたら、何を願うのだろう。
私にとって、それは難しい問の部類に入るものだった。

私にだって願いがないわけではない。
お金がほしいし、彼氏もほしい。
王様になりたいとは思わないけど、他の人を自分の思うままに動かせたらいいとは思う。
みんなが思っていることだ。
みんなが思っていることしか想像できない自分が、ありふれた、陳腐な存在だとわかると自己嫌悪に苛まれる。
世界の一人しか得ることのできなかった幸運を、そんなものに使ってしまった時の罪悪感は果てしないと容易に想像がつく。
部長も含め、今日出勤してきた人の大半が、みんなが思っていることしか思いつかなくて、それが、自分の人生を懸けるほどいいものだとは思えなくて、願い事なんて捨てて、日常に身をやつしているのだ。
見つけることができれば何でも叶うと知っていても、自己嫌悪や罪悪感と会社での地位を懸けるには値しない。
300円で賭けられる夢より重い賭けなのを、みんな知っている。

今日の会議は、社長抜きで進められた。
みんな口には出さないけれど、社長がいなくなった会社をどのように運営するか探っていたのが少し面白かった。

その日の夜、また同じように放送があった。
「日本のみなさん、あなたたちは偉い!」
「は?」
思わずテレビに向かって口を開けてしまった。
「世界各国で社会がまわらなくなっている中、自分の願い事よりも仕事を優先する人がこんなに多い国に住んでいることに誇りを持って下さい!」
どのチャンネルにしてもその放送をしている。
「そんな日本の人に願いを叶えてほしいと私は思いました。そこで、日本の人にだけヒントをあげます」

「青い鳥は日本にあります!」

明日何人が会社に来なくなるかなと思った。

「部長」
「なんだよ」
「部長って偉いですよね」
「何だよ急に。ほめてられてもお前みたいな性格悪い奴には鼻も引っ掛けないぞ」
「部長みたいなおじさんは私だって願い下げです。ただ」
「ただ?」
「青い鳥を探しに行かないなんて偉いなあと思って」
「そんなのは別に普通だろ」
「叶えたい願いとかないんですか?」
「俺の叶えたい願いが叶ったとしてもな、そんなものが俺の願いだったと周りの人間に思われる方が死ぬほど嫌だ」

部長の言うことはもっともだ。
叶ったら最後、周りの人があからさまに分かるような願いを叶えてしまったら、それは恥だ。
自分が今一番望んでいるものが周りに分かってしまうというのは、自分という人間の一番大事な部分をさらけ出しているということになる。
それが、金銭欲や性欲だったりしたら、尚更恥ずかしい。
小学校で将来の夢を書かされた時に、「女の人に囲まれて暮らしたい」と書く小僧は流石に見たことがない。
「憎らしい奴らを皆殺しにする」と書くひねくれたガキもいないだろう。
みんな誰かに知られても当り障りのない願い事を書いているのだ。
どんな願いでも叶えてもらえるとわかっていたら、本心から叶えてほしい願いが恥ずかしいから当り障りのない願いを叶えてもらうなんてそんな馬鹿げたことをする人はいない。
部長は一般人代表としてその辺の分をよくわきまえている。

一呼吸置いてから部長が続ける。
「それに見てみろ。柏田だって出勤してるぞ」
真面目人間柏田さん。
自分の幸せを追求しない男。
社長に何度も口出しをしているため平社員のままだが、私としてはなんで辞めさせられてないのか不思議なくらいだ。
噂によると休日はボランティアをしているとか、稼いだお金はすべて寄付しているとか。
私は柏田さんに聞こえないようにヒソヒソ声で返す。
「柏田さんは例外です。あんな欲のない人は人間じゃありません。ああいう人は自己犠牲っていうんです」
「そうか? 俺は意外だったぞ」
「なんでですか」
「いや、世界平和とか願わないんだなあって」
考えてみたら意外だった。
柏田さんはこういう時には自分の仕事なんて捨てて世界のために活動しそうだ。
「……私たちの思っている柏田さんと本当の柏田さんはきっと違うんですよ」

今日出勤した人は両手で数えられるくらいの人しかいなかった。
街には、日本に青い鳥がいると知って世界中から集まった人たちがごった返していた。

青い鳥。
何かを願うとしたら、死んだ人を蘇らせたいと思う人もいるかもしれない。
私の父は私が子供の頃に他界して、私は遺影の顔でしか思い出せない。
そんな父を生き返らせたいとは思わない。
父との記憶が殆ど無い私にとって、父を生き返らせることは「当り障りのない願い」にしかならない。
父がいなくなってから母と私のふたりきりになった家族。
遅い子供だった私のために、母は一生懸命働いてくれたが、それにも限度があった。
私が地元での仕事に慣れ始めた頃、母がスーパーのパートの仕事を辞めさせられた。
帰ってきた母に尋ねてもちんぷんかんぷんで、パート先に訪ねて行った私は衝撃を受けた。
パート先の店長に、母は認知症じゃないかと言われたのだった。
実際レジを打つことも品出しをすることもままならないほどだったという。
毎日顔を合わせていながら全く気づくことが出来なかった私を、私は呪った。

母が稼げなくなったために、私たちの生活は困窮を極めた。
そのころ舞い込んできた引き抜きの話に、私は乗らざるを得なかった。
私は母をホームヘルパーに任せて、東京に向かった。

認知症でまともに生活が出来ず、意思疎通のできなくなってしまった母は、何を願うのだろうか。
私が青い鳥を手に入れたら、元気な母ともう一度一緒に暮らしたい。
そう思った。

「日本のみなさん、私はついに堪忍袋の緒が切れました。幸せを追求することは人間が生きる上での責務だと私は思うのです。その上で幸せを手に入れる方法を与えているのに、いまだにそれを探さない人が一定数いるのは、人間としておかしい! 私はこんな景色が見たかったわけじゃない! そこで私は決めました。明日までに青い鳥が見つからなかったら、私はこの世界を終わらせます!」

会社に行くと部長が帰り支度をしていた。
「部長、昨晩は徹夜だったんですか?」
「こんなに社員が休んだら仕事も回らないだろ」
「だからって部長一人で回そうとするのもおかしいと思いますけど」
「でも俺も今日は帰る」
「お疲れ様です」
「お前も帰ったほうがいいぞ」
「なんでですか?」
「お母さんに会えるのは今日で最後かもしれないじゃないか」
「ああ、そういえば」
そういう想像は全くしていなかった。
今日は地球最後の日なのだ。
「薄情なやつだな。俺はこれから新潟の実家のあった場所に帰って墓参りだ」
「地球最後の日に墓参りなんて律儀ですね」
「律儀も何も俺には身寄りがない。地球最後の日に行くところなんて墓参りくらいしかないんだ」
「自分が世界を救おうとは思わないんですね」
「そんな夢を見るほど若くない。でも柏田は世界救いに行ったらしいぞ」
「え!?」
「欠勤するってメールが来た。どこまでも自己犠牲の男だな」

そうじゃないかもしれない。
もしかしたら柏田さんは、自己を犠牲にして、褒められることで充足感を得ているのかもしれない。
誰かから讃えられるような自己犠牲しか望んでいなかったら、世界平和なんて願わないだろう。
平和な人しかいなくなったら自分が助ける人がいなくなってしまうから。
だから自分が世界を救ったと明確に分かるようになってから探しに行ったとか。
これも想像の域を出ないし口から出すこともできるような話じゃない。

「今日出勤してきたのは俺とお前だけだ」
「そうみたいですね」
「でも俺もお前も帰るから今日はここ閉めるぞ」
「まあそうなるでしょうね」
「お前、車は運転できるか?」
「免許はあります。ペーパーですが」
「まあ仕方ないだろ。電車は動いてないから車で行ったほうがいい」
「そういえばそうですね。ご忠告ありがとうございます」
「お前と会うのも多分今日が最後だ」
部長はこちらをじっと見ながら言う。
「達者でな」
私は思わず吹き出す。
「どこの時代劇ですか」

地球最後の日、地球を終わらせないためか、自分の願望のためか、あらゆる人が日本各地で青い鳥を探している。
青い鳥はどこに行ってしまったのだろうか。
青い鳥を隠した何者かは、幸せを探す姿が人間の真の姿だと思っているらしい。
それは本当にそうなのだろうか。
すべての人が自分だけの幸せを求めていたら、秩序なんて存在しないはずだ。
無秩序こそが人間の真の姿かと聞かれたら、私はノーと答える。
私は、人間が青い鳥を探していなかったほんの数日前、それまでのほうが本当に幸せだったと思う。
幸せの青い鳥は、すぐ近くにいたのだ。

私の実家は関東圏にあるが、この大混乱で高速道路は大渋滞だった。
実家につくまでに三時間かかった。
実家の駐車場には、いつもならヘルパーさんの車が駐められているのだが、今日はなかった。
おかしい。
母を見張っているためにヘルパーさんは常に家にいる契約になっていたのだ。
チャイムを押しても誰も出てこない。
鍵を使って家に入ってやっと想像がついた。
きっと、ヘルパーさんも青い鳥を探しに行ってしまったのだ。

電気が消えていたことを除けば、何もかもが普段と変わらなかった。
ヘルパーさんは、自分がいなくても大丈夫なように準備してからここを抜けだしたのだろう。
母親の寝室に行くと、母親はベッドで壁を向いて寝ていた。
「お母さん」
母は寝返りを打ってこちらを向く。
私を見つけると笑顔を見せた。
認知症がひどくなってから、笑顔なんて一度も見られなかったのに。
「私だよ。帰ってきたよ」
普段なら私が何を行っても仏頂面の母がうんうんと頷く。
母の頬をさすりながら私は言う。
「これから、地球が終わるから、それまで一緒にいようね」
ゆっくりと横に首を振る母。
「?」
どういうことだろう。
母が私の手を握る。
すると突然私の脳に言葉が流れてきた。

「今まで迷惑かけてごめんね」

突然まばゆい光に包まれる母。
私は思わず目を細める。
次の瞬間母だったものは、山に、

万札の山になっていた。

ガコっと後ろで音がする。
振り向くと窓が勢い良く開く。
風が吹く。
お札が舞い上がる。
その風にのって鳥が、どこからともなく現れた青い鳥が、部屋から飛び出していった。

幸せの青い鳥は、飛んでいってしまった。



その後私は、ある思いに苛まれることになる。
もしあの時、青い鳥を一番最初に見つけたということになっていたのが私だったら。

母をお金に変えるという願いが私のものだったら。

そんなはずはない。
私の願いはもう一度母と一緒に暮らすことだったはずだ。

きっと最初に青い鳥を見つけたのは母だった。
それでも思う。
母はきっと私のために自分をお金に変えたのだ。
それが私のためになると思って。

つまり、母は私の願いが「母を殺してお金を手に入れること」だと思っていた。

お金のために母を置いて東京に行った私は、自分では母のために仕方のないことだと思っていたが、母の目から見れば、お金のために自分を置いて上京して、娘にとって自分はもうお荷物になったのだと思っても仕方のないことだった。
こんなことに気づくくらいだったら、あの日が地球最後の日でよかった。

もしかしたら、「青い鳥を見つけられなかったら世界を終わらせる」と放送させたのも、母だったのかもしれない。
自分を殺す前にもう一度私に会うために、仮初の地球最後の日を作って私を呼び寄せたとしたら。

娘として、私は母に何をしてあげられただろう。

私の幸せの青い鳥は、すぐ近くにいたはずの青い鳥は、飛んでいってしまった。

私は一人、終わらなかった世界の中で泣いていた。


あとがき

 

メーテルリンクの青い鳥というストーリーに初めて出会ったのは、教育テレビか何かで劇を放送していたのを見たのがきっかけでした。
とはいえそんなに鮮明に記憶に残っているわけじゃないのですが、捕まえたと思った青い鳥はいつもどこかに飛んでいってしまうのに、本当はすぐ近くにいたのです、という流れは好きでした。

今回のテーマは、「非現実に映る一番残酷な現実」です。
最初から一貫して非現実が映す現実を描いて、最後に一番残酷な現実を示しています。
会話劇と地の文の混ぜ方は、今回少しこだわった部分です。
今回の話は、最終的に救いが何一つとして存在せず、胸くそ悪く終わるのですが、「非現実」→「本の中の現実」→「実際の現実」という風に、自分を省みることになって、いやーな気持ちになったら成功です。
うまく盛り上げて落とすことができてるでしょうか?

みなさんは周りの人たちに、本当はどう思われてるのでしょうか。
みなさんTwitterで毎晩のように「ふぁぼした人を紹介する」とか「ふぁぼしたひとに〇〇を言う」とか、身に覚えがありますよね?
身に覚えがなくても見覚えくらいはあると思います。
多分意識をしてやってるわけじゃないと思っているのですが、言われて怒るようなことや言ったら怒られるようなことは自然とつぶやかれないものです。
自分の評判は知りたくても、本当のことは言われたくない、人間とは天邪鬼な生き物だなあと思います。
そして僕もその一人なのです。
生きることは難しいですね。

ここまで読んで結構気分が落ち込んだと思います。
ありがとうございます。僕もかなり落ちてます。
誰も利益がないWin-Winの逆ですね。
僕もがんばって自分の思っていることを正確に他人に伝えるようにしたいものです。
というか上手に会話がしたいです。
それではこの辺で。
ここまで読んでいただきありがとうございました。


波乗りジョニーさん(@daizudaisuki232)から頂いたイラストです!

自分が書いた文字と景色がこんなに印象的なイラストになると嬉しいものですね。

ありがとうございます!