記憶に残らない

初めて君のことを知ったのは、多分ずっと昔のことだと思いますが、初めて君のことを意識できたのは、クラスの名簿を見た時でした。
大学の英語のクラスで忘年会の幹事になった私は、名簿を見て驚いたと、その日の日記に書かれていました。
全く聞いたことのない名前の人がいたのです。
そういうふうに言うと、大学の授業なんて、出てない人がいて当然という人もいるかもしれません。
私もそう思いました。
その次の日の日記には、名簿を見てから先生に聞きに行った様子が記されています。
先生は、「毎回出席して提出物もすべて出しているのに名前を聞いたこともなく見たこともない生徒がいる」と不思議そうに話していました。
先生にクラス全員の写真を見せてもらいましたが、一人だけ明らかに見たことのない生徒がいたのを覚えています。
が、その写真を見たにもかかわらず、今も顔は思い出せません。
その日から、日記に何度も現れるのに、記憶に残らない「 久坂逸人 くさかいつと 」という名前の人のことを考えるようになりました。

11月15日
私は久坂くんに会うことができた。
出席を取っているときにきちんと名前を呼ばれていたのだ。
きっと今まで何度も会っているのに、会うことができたというのはおかしいかもしれないが、日記に残すことで忘れることがないなら、今日が初めて会った日なのかもしれない。
久坂くんは優しそうな顔をした、少し内気そうな男の子だった。
私は久坂くんのことを知らなかったが、久坂くんは、以前の授業での私の発表を見ていたみたいで、私だけ見られているみたいで少し恥ずかしかった。
それ以降、その日は何も起こらず、久坂くんのこともはっきり覚えているので、いままでは本当に私が不注意で覚えていなかっただけのような気がした。

11月16日
昨日話したらしい人のことを全く覚えていない。
久坂くんというその人が、どんな顔で、何を話したのか、日記を見ても、私は思い出せなかった。
自分が日記に書いたことすら忘れているので、誰か違う人が私に黙って日記に書いていたとしても、もはや驚けない。

11月22日
久坂くんに、また会えた。
私が久坂くんに、会ったことを忘れているみたいだと話すと、久坂くんはすごく驚いた顔をしてから、「忘れていることを思い出してくれてありがとう。」とくしゃくしゃの笑顔で笑った。
久坂くんは、「誰にも覚えてもらえない」体質なのだそうだ。
こんなこと突然言われても、普通の状況なら信じないが、私も、先生も忘れている状態で、信じざるを得なかった。
「きっとつらいよね。」
私がそういうと、
「19年もやってたら慣れるよ。」
と笑ったその顔が、その日中私の心を締め付けていた。

11月29日
久坂くんはきっとすごく優しい男の子なのだと私は思う。
久坂くんに会うたびに、私はきっと同じような質問を何度もしているはずだ。
それでもいつも、初めて聞いたことみたいに笑って答えてくれる。
私が久坂くんのことを覚えていることができれば、いい友達になれていたかもしれない。
そういえば、久坂くんにペンを借りて、そのまま持って帰ってきてしまった。
明日会えるだろうか。

11月30日
私は久坂くんのことを覚えていることができない。
授業で出席を取るときに名前を呼ばれなければ、私は久坂くんが誰なのか知ることさえできないのだ。
もしかしたら、久坂くんとは私の日記の中にだけ現れる幻想なのかもしれない。
いや、違う。
このペンが何よりの証明なのだ。
次に会ったら写真を撮らせてもらおうと強く思った。

12月5日
メモ:明日忘年会の出席確認!!!

12月6日
久坂くんに会えた。
一週間探しても結局見つからず、本当に久坂くんが幻想だという思いを捨てきれずにいたが、全く普段通りといった雰囲気で今日も久坂くんは出席していた。
ペンを返して謝って、忘れないように写真を撮らせて欲しいと頼んだら、それは嫌だと言われた。
自分のことを覚えられないことで、他人につらい思いをしてほしくないのだと言う。
忘年会も、欠席すると言われた。
知らない人が行っても興ざめするだけだよ、と久坂くんは笑う。
そして、お詫びの品だと喫茶店のクーポン券をもらった。
久坂くんはそこでウエイターをやっているらしい。

12月9日
久坂くんとは誰なんだろう。
その思いは変わらない。
とても優しい男の子、笑顔が素敵な男の子、誰にも覚えてもらえない男の子、情報はそれだけ。
私は緊張しながら喫茶店の扉を開けた。
中は賑わっていて、ウエイターさんが忙しそうに店を駆け巡っていた。
どのウエイターさんが久坂くんなのか、それはわからない。
でもみんな、元気に、楽しそうに仕事をしている。
笑顔が眩しくて、見てる私まで笑顔になる。
あの中の一人が、きっと久坂くんなのだ。
誰にも覚えてもらえなくても、他の人と変わらず楽しそうに働く久坂くん。

つらい思いは、きっと人よりたくさんしている。

その壮絶な人生は、誰の記憶にも残らない。

それでもいま久坂くんは自分が幸せだと言うだろう。

他の人と変わらないその笑顔が、何よりの証拠だ。

私は暖かい気持ちでいっぱいになった。


きっと、明日になったらこの記憶も消えてしまう。
それでも今日の間だけは、君のことを心に留めておきたくて。


あとがき

 

ほんわかしていただけましたでしょうか。

最後の2文の美しさだけで勝負を仕掛ける真夜猫さんでした。

これが通算十本目の作品になっているみたいです。

十本の中で三つか四つは記憶がテーマだと思いますが、これが一番優しい終わりにできたと思ってます。

十本全体の中でも純粋に優しく終えられるのって珍しいですよね。

 

この話で伝えたかったことは、ただ、どんな人にでも幸せになる権利はあるんだよ、みたいな、ありふれた話なのです。

そんなことを言うと、過去がどうとか罪がどうとかいう人がいるんですが、まあそう言って幸せから逃げてる人たちは自分から幸せになろうとしてないので、権利があっても幸せになれないと思うんです。

権利はみんなに平等にあるけど、それを行使するかどうかは、自由なのです。

いいですか、よく聞いてください。

人間は、というより「自分」は、過去にも未来にも生きることが出来ないんです。

「自分」が生きているのは「今」だけ。

過去にとらわれても未来にとらわれても、どちらも脳の中にしか存在しない幻想なので、これからは「今」を大事にしてみませんか?

だって、幻想のせいで幸せになれないなんて、つまんないじゃないですか。

 

まあこんな能弁垂れてる僕も、過去が恥ずかしくて死にたくなる時だってありますし、自分の小説がつまらないとしか思えなくなってこのホームページを消そうとしたことだって、それこそ幾度となくあります。

でも大体そういう時っていうのは、疲れてるかねむいか、あるいはその両方かのどれかなので、寝ましょう。

不貞寝の効果をなめないほうが良いですよ。

 

まあ、こんなところで。

多分あとがきでほんわか感はかき消えたと思います。

この小説が、読んだ人全員の記憶には残らなかったとしても、誰かの心に残ってくれたなら、それがこれ以上ない幸せですね。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。