時間遡行者の心臓

道端で男の子が泣いている。
その様子が、俺にはなぜかわざとらしく見えたのだ。
夜11時を過ぎた、雪の積もった道端で、男の子はうずくまり泣いている。
こんな時間に外を出歩いている人はいない。
俺は無視して通り過ぎることにした。
一歩、二歩、三歩。
「ねえ、おじさん。」
真後ろから視線を感じる。
「時間遡行者なんでしょ? 心臓、くれないかな。」
振り返った俺の目に映った少年に、涙のあとはなかった。
その瞳に引きつけられ、俺は動くことができなかった。

少年は続ける。
「大切な人のために、時間遡行者の心臓が必要なんだ。知ってるでしょ? 時間遡行者の心臓があればどんな命も蘇るんだ。」
「……」
俺はあっけにとられて答えられない。
「心臓、くれないかな?」
その言葉に一拍空けて、俺は応える。
「お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか? 心臓を取ったら、俺は死ぬんだぞ?」
「……じゃあダメか……。」
また泣き始めた少年。
「とっても大切な人なんだ……。」
前から歩いてきた人が、俺を見ながら通り過ぎた。
決まりが悪い。
「わかったよ。2日、2日だけ待ってくれ。明後日の夜、それまで俺が生きてこの時代にいれば、俺の負けだ。心臓はくれてやる。」
「ほんとう!?」
無邪気なふうに上げた顔に、しかし涙のあとはない。
「ただし、俺が逃げ切れたらそのときはお前の負けだ。俺の心臓は俺のものだ。いいな?」
筋書き通りの満面の笑みを浮かべる少年。
「うん、わかった!」
少年は走っていって、どこかへ消えた。

俺には、やらなきゃいけないことがある。
それが終われば心臓なんてどうでもいい。
俺の元いた時代、時間遡行技術が不安定なその時代では、俺くらいの強い信念を持った人間しか時間遡行はしない。
俺は罪を犯した。
その清算のために、俺はここにいる。

俺がこんな夜中に外をうろついていたのはこの時代に来た目的のためなのだが、知っている土地とはいえ、やはり慣れない時代を歩くのは苦労する。
結局今日は収穫なし。

翌日も同じように同じ場所で人探しをしていた。
きょろきょろとあたりを見回しながら歩いていたら、重そうな荷物を持った老人を見かけた。
声をかけ、荷物を背負う。
そんなことをする自分は偽善者だと思う。
誰かを助けることで、罪を償おうとしている。
もちろん、そんなことで罪が償われるとは思っていない。
罪を償えば死んだ人が蘇るなんて、そんな都合の良いことは起きないのだ。
俺の犯した罪を知れば、きっと誰もが逃げ出すに決まっている。

明るくなってから探しても、結局見つからなかった。
が、収穫はあった。
どうやら目指す場所はここではなかったようだ。
明日は電車で西を目指す。
少年との約束は、守れそうにないと思った。

俺はろくな家庭で育たなかった。
父親は俺を殴り、母親は俺を無視した。
毎晩のように殴られ、飯もろくにもらえない、そんな日々の中で、暗に人を信じてはいけないと教えこまれているようだった。
俺の罪を家庭環境のせいにするつもりはない。
俺の罪に比べれば、両親のしたことなど大したことに思えない。

電車に乗ると思い出す。
俺は人を殺した。
暑い夏の日のこと。
走行中の電車の中、程よく混んだ車内で、俺は恐怖で正気をなくした人をナイフで次々と刺していった。
意味などなかった。
赤く染まる床。
半狂乱の奇声。
俺の罪。
俺の罰。
すべてがどうでもよかった。
俺は捕まり、尋問を受け、心神喪失で釈放された。
それから、俺は視線が耐えられなくなった。
罪を犯したものを見る視線。
俺は罪を犯した。
俺を罰してくれ。
何を訴えても、無駄だった。
訴えるのは視線を避けるため。
それでも人は俺を見た。
いつどこにいても、俺は絶望の日々を過ごした。

自分の犯した罪の重さがわからないほど、俺の罪は重い。
ただ、俺を罵りながら泣く大勢の人がいた。
その人たちのために、何かできないかと思ったのだ。
これしか、道はなかった。

電車を降りる。
いよいよ、決別の時だ。

夜、皆が寝静まるのを待って屋敷に忍び込む。
こんな時期に一人で旅行に来ている客などほとんどいない。
目的の部屋はすぐに分かった。
空の酒瓶の横で横たわる女性。
音を立てずにその横に忍び寄る。
俺の手元のナイフが月の光に照らされてきらめく。
そいつを高く振り上げ、素早く心臓につき立てる。
無限の時間のように思えた。
俺は、罪を清算するために、罪を犯している。
傷口からナイフを抜く。
間欠泉のように溢れ出る血。
月に照らされる赤。

それだけだった。

おかしい。
こんなはずがない。
想像と違う展開に、俺は半狂乱になって叫ぶ。
「なぜだ! なぜ消えない! 俺が生まれる前の俺の母親を殺したのに! なぜ俺は消えない!」
「簡単だよ。」
後ろから少年の声がする。
恐怖で俺は振り向くことができない。
しかし、わかる。
彼は、彼の視線は、きっと笑っている。
「あなたの心臓で彼女が蘇るからさ。」
「!?」
「約束だよ。」
声を発する間もなく、背中から何かを抜き取られる感覚。
と、同時に俺は地面に倒れ込む。
「あなたの罪は、歴史上必要なんだ。だからこの人も、歴史上大切な人。」
声だけが耳に響き、もう俺には何もできないことに気づく。
「でも、僕の心臓を差し出すほどじゃなかった。」
ぴちゃ、ぴちゃ、と血溜まりを歩く足音が響く。
「かわいい赤ちゃんを産んでね。」


あとがき

タイムリープサイコホラーでした。
このショートショートは、「タイムリープ(時間跳躍)」と「心臓」というテーマで書いたものです。
BoBo先輩と同じテーマで書いたのですが、これを書いている段階で僕はBoBo先輩が何を書いているのか知りません。
ネタかぶりしてたら恥ずかしいですね。

ぼぼ先輩の考えたテーマが「タイムリープ」だったので、タイムパラドックスを絶対に使いたいという願望がありました。
僕が考えたテーマは「ハート」だったのですが、広すぎるということで「心臓」になり、結果どう書いてもグロは残りそうだなあと思っていました。

今回がんばったところは、話が進むにつれて徐々に全貌が明らかになるという展開ですが、あからさますぎてあんまりうまくいってない気がしてます。
勘の鋭い人は「時間遡行者の心臓で命が蘇る」ってところだけでなんとなくオチがわかったのではないでしょうか。
書きながらありがちだなあと思っていたのでそこは反省点です。
ただ、一番最後のセリフはぞくぞくして好きです。

さて、今回は罪が裏テーマなんですけど、罪と罰や罪と謝罪って本来当事者同士だけのものじゃないですか。
デートに遅刻したからアイス一個おごるとか、人のものを壊したから同じものを買ってお菓子つけて返すとか、不倫されたから離婚するとか、嘘ついたらハリセンボン飲ますとか。
でも、当事者同士でかたをつけるという条件は、罪が大きくなれば大きくなるほど、被害者にも加害者にも不利益を被る可能性が高くなります。
加害者が「死んで償え」と言えば、被害者は死んで償わないといけなくなりますし、逆に被害者が死んで償うことは滅多にありませんから、加害者は自分の思うほど十分に償ってもらえないと思うわけです。
そこで登場したのが司法制度。
加害者は罪に相当する適当な罰を受ければ、あとは何も償う必要はなく、被害者は加害者に罪に相当するだけの罰を確実に受けてもらえる……ってあれ?
これ、加害者に有利すぎませんかね?
まあ、逆に考えれば、被害者の思う「適当な罰」は、往々にして過剰なのです。
当事者だから当然なのですが、もっと寛容な人間になりたいものですね。
時間遡行が可能になった時に、あなたは自分の犯した罪の代償として、自分が生きていたという事実自体をすべて消し去ることはできますか?

あとがきが予想以上に長くなってしまった……。
無駄話もこのへんにして。
ぼぼ先輩のショートショートは明日(6/19)公開してくださるらしいですよ。
あとでリンクをこの下あたりに貼るので、ぜひチェックしてください。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました。

 

ぼぼ先輩のSS

前編→http://oboburas.com/index.php/ss-005-01/

後編→http://oboburas.com/index.php/ss-005-02/

エピローグ→http://oboburas.com/index.php/ss-005-03/

 

追記

僕の物書き仲間に、「タイムリープ」と「心臓」という同じテーマでショートショートを書いてみるよう提案すると、快諾してくれました。

およそショートショートとは思えない長さと緻密な伏線とアツい展開でできた作品を、書き上げてくれました。

終盤の引きつけられるような話の転がり方は、圧巻です。

ぜひ読んでみてください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054881589917