つらいことがあった時の顔

「おはようございます。暗い顔をしていらっしゃいますね。何かつらいことでもあったのですか?」
「お前はそれしか言えないのか」
「いいえ、私は理論上何でも発声することが可能です。例えばこんなことも。赤パジャマ青パジャマ黄パジャマ。隣の客はよく柿食う客だ。東京特許」
「もういい。飯にしてくれ」
「かしこまりました。いつもどうりでよろしいですか?」
「はやくしろ」
「私は最も速く身の回りの手助けをするコミュニケーションロボットLOVEです。」
「早く飯にしてくれ」
「かしこまりました。いつもどうりでいいですか?」
「ああ、いいよ! さっさとしてくれ」
「どこを掃除すればいいですか?」
「は? ……ああ、『さっさと』は『掃除しろ』って意味じゃないよ」
「LOVEは想定されていない発言は理解しかねます」
「『飯にしてくれ』なら想定されてるのか?」
「LOVEは想定されていない発言は理解しかねます」
「飯にしてくれ!」
「かしこまりました。いつもどうりでいいですか?」

毎朝の俺の生活はこうして始まることになってしまった。
一週間前からのことだ。
俺の知らない間に注文されていたコミュニケーションロボットとやらがうちに届き、業者の手によって組み立てられ、そいつと生活を送ることになった。
コミュニケーションロボットは家中の電化製品やパソコンを自在に動かして俺の生活をサポートするということらしい。
なんでうちにきたのかはわからないままなのだが。

「ご主人様、朝食は美味しくありませんでしたか?」
「別に普通だよ」
「それでは、何か不都合があったでしょうか」
「どうしてそんなことを聞くんだ」
「ご主人様が不機嫌そうな顔だからです」
「俺の顔は年中こんなだよ。強いて言うならお前がいるからだな」
「コミュニケーションロボットLOVEに不具合がございましたら専用のサポートセンターにご連絡ください。電話をおつなぎしますか?」
「しなくていいよ、まったく。こんなにおしゃべりじゃなかったらいいんだけどな」
「コミュニケーションロボットLOVEは時代を先取りした最新機種のため、機種変更のお問い合わせは受け付けておりません。新商品の開発をお待ちください」
「その商品ができたらお前はお役御免だな」
「LOVEは想定されていない発言は理解しかねます」
「……くそっ」
「ご主人様、何かつらいことでもあったのですか?」
「……皿を片付けて車を出してくれ」
「どちらに向かうのですか?」
「ジム」

服を着替えてから玄関の前に停められた車の後部座席に乗り込む。
自動運転が一般化したとはいえ、古い人間の俺からすると、やっぱり前を向いて座りたいのだ。
車の中はとても静かだ。
うるさいロボもいないし外の音もそんなに聞こえない。

ここのところ、一人になると妻のことを考えるようになった。
無愛想で甲斐性なしの俺となんでか知らないがずっと連れ添ってくれた。
仕事しかしてこなかった俺の、身の回りのことはなんでもしてくれた。
仕事をやめたらなんにもできなくなった俺が、ずっと家事をし続けている妻に偉そうにしているのは内心恥ずかしかった。
家事をする機械を買っても結局はずっと何かしらで忙しそうに家の中を行ったり来たりしていたものだ。

2週間前、妻が他界した。
ぽっくりってやつだ。
朝起きたら、冷たくなってた。
そんなことがあるのか。
妻のいない世界も、あるのか。
当たり前のことが理解できない。
冷たくなっても、葬式しても、灰になっても、理解できない。
どこかにいる気がしてならない。
今の俺は理解できていないのだ。

俺の趣味は筋トレだけだ。
筋肉をいじめる。
身体を鍛えるのが目的ではない。
つらいことに耐えるのが目的なのだ。
つらいことに耐えて、自分が偉いと思うのが目的なのだ。
だが恥ずかしい理由だから他の人にはそんなこと言ったことはない。

今日もマシンと戦う。
妻はよく言っていた。
「いつか機械がすべてやってくれる時代が来るのよ。身体なんて鍛えても無駄無駄」
俺はこう反論する。
「そんなこと言ったって今は全部自分でやらないといけないだろ。それに身体を鍛えれば病気にもなりにくい」
妻はこう言う。
「その頃にはどんな病気も治るのよ。そうなったら鍛えてようが鍛えてなかろうが変わらないわ」
俺はこう言う。
「その頃には二人とも死んでるよ」
結果、全部機械がやってくれる時代が来て、妻は死に、俺は死なずにまだ身体を鍛えている。

「お帰りなさいませ、ご主人様」
「おう」
「何かつらいことでもありましたか?」
「俺は年中こんな顔なの。覚えとけ」
「ご主人様の顔は覚えております」
「ああそうかよ」
「ところでご主人様にメッセージが届いております」
「メッセージ? メールじゃなくて?」
「メッセージです。奥様から」
「結衣から?」
「はい。読み上げますか?」
「……おう」

「『翔くんへ。100歳の誕生日おめでとう。実は、一緒に誕生日が迎えられなかった時のために、毎年メッセージを書いて、届けてもらうようにお願いしてたんだよ。このメッセージが届くのは冬だけど、私がいなくてもジム通いは続けているかな? 私はストイックに身体を鍛える翔くんが大好きです。寒くてもがんばれ! そういえば、メーカーさんと契約して、新しいロボットを届けてもらうようにお願いしておきました。完成し次第届けるということなので、これを読んでる頃には届いてるかな? 出来立てほやほやであんまりうまく話せないかもしれないけど、仲良くしてあげてください。最後に、私がいなくてどんなふうに過ごしているかはわかりませんが、私がいなくても翔くんは生きてください。生きられるはずです。今も不機嫌そうな笑顔が目に浮かびます。残された時間を大切にね。不器用でも笑顔だけは大切に! 結衣』」

理解した。
結衣はもういないのだった。
それでも今、結衣は笑った。

「……」
「ご主人様?」
「……なんだよ」
「ご主人様、何かつらいことでもありましたか?」
「ああ、」
とっさに目を拭う。
「これはな、嬉し涙っていうんだ。すごく悲しいんだけど、嬉しいんだよ」
「LOVEは想定されていない発言は理解しかねます」
「お前にこの気持ちが分かるのは何年後かなあ」


あとがき

 

この小説は第一回ショートショート大賞に応募した結果見事落選した小説です。
この小説が落選したらあとがきを書こうと思ったことが、このホームページを作るきっかけになりました。
眠れない夜に2時間で書いたもので、ホームページの名前の由来がそれです。

2月、受験真っ最中の僕が悶々と夜中に書きました。

翌日起きて読み返し、それから3日くらい何度も何度も読んで手直しをして、賞に送りつけた次第であります。

 

この話を作るに当たって特に意識したのが、視野の広がり方です。
後に後に行くに連れて世界観が広がっていき、最終的に『どこかの未来』が『いまここの延長線上の未来』になったら大成功なんですが……ちょっと伝わりにくかったでしょうか。

自分の中ではこの視点の広がり方は少し自信があったんですけど、読んでる人にわかりにくかったら失敗ですね。

着想を得たのは単純に、いつも苦虫を噛み潰したような顔のおっさんはロボットにどう見られてるのかなってとこです。

それでは今回はこの辺で。

ここまで読んでくださってありがとうございます。


追記

僕が言いたかったことを端的に表した言葉が見つかったので書き添えておきます。

今回僕が目指したのは、気づいたらタイムマシンに乗っていた、という感覚です。

世界観から、名前、言葉、という順番で時間遡行を体験してもらえればこれ以上ない喜びです。