7月26日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

昔から、隠れるのが苦手だったんだ。

かくれんぼをするときは、いつも真っ先に見つかってた。

うまく隠れたつもりになっていても、どこかが陰からはみ出していたらしい。

お母さんと喧嘩して、家出したときも、最初の一言はいつも同じだった。

『あんたの行き先なんてお母さんが分からないわけないんだからね』

私って、そんなにわかりやすいのだろうか。

「探したんだぞ」

角を曲がった先に、息を切らした君が立っていた。

「えへへ、うまく隠れられるようになってたかな」

少しだけ不器用なごまかし方だけど、帰ったらそんな昔話をしてみよう。

※この物語はフィクションです

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7月25日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

ビルの隙間から見える空は、今日も青かった。

きっと、今日が終わっても、夏が終わっても、今年が終わっても、晴れた日の空は青いままだ。

青い空を見られる誰かと、青い空を見られなくなった誰かがいるだけで、空が青いのは変わらない。

町中の至る所から警告音が鳴り響く。

この都市の命がもう長くないことを知る。

明日の空が青いことを知る君は、あと数秒で消えるこの町とこの数々の命を知ってもなお生きる。

僕の顛末を知って、君は悲しむかもしれないし、なんとも思わないかもしれない。

明日、空が青かったら、明後日、空が青かったら、一週間後、一ヶ月後、一年後、十年後、空が青かったら。

少しだけ諦めて、あと数日だけ生きて欲しい。

誰かが祈った僕の生を、今度は僕に祈らせてくれ。

※この物語はフィクションです

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7月24日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

違う名前で呼ばれることに、慣れたくない自分がいる。

慈悲の心とともに差し出されるミルクを、なめたくない自分がいる。

あのおじいさんも、あのおばあさんも、哀れんだ目で僕を見て、自分の方が偉いと思っている。

そんな人とあの人を比べて、自分の境遇を考えてしまう。

三年前、夕立の中、箱に入れられた僕はあの人を待っていたかのような気がした。

「名前をつけてあげよう」

その人は、優しい声で言った。 

僕を捨てたのはあの人なのに、僕の名前はあの人のつけたものだけしかない。

「今日からうちの子になるんだよ」 

夏なのに冷たい手が、恋しくてたまらないのだ。

※この物語はフィクションです

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7月23日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

あの人は最低な人だった。

いつも小汚い服を着ていて、甘いものが大好きな、子供みたいな人。

初めてのデートの時、真夏なのにだだっ広い公園に連れて行かれた。

夕立に逢って、小さな折りたたみの相合い傘で、二人ともびしょびしょに濡れていた。

それでも楽しそうに笑うあの人の顔を見ると、どうでも良くなってしまうのだった。

「それが恋ってやつだよ」

記憶の中であの人が偉そうにふふんと鼻を鳴らす。

「ほら、君も笑ってる。それが恋だ」

目の前でアイスコーヒーを飲み干すあなたに、彼の話をしたらきっとふてくされるんだ。

そんな姿を想像しながら笑う私は、きっと恋をしているんだよ。

※この物語はフィクションです

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7月22日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

蝉の声を今年になって初めて聞いたのは、あの子に会いたくなかったからだ。

学校の帰り道、あの子の家の前を通らないように、公園の中を通り過ぎる。

公園になんて滅多に来なかったから、蝉の音さえ忘れていた。

あんなにうるさく、何が悲しくて蝉は泣くのだろう。

どうしても聞いて欲しくて、あの子に電話をかける振りをした。

「君に蝉の声を聞かせたいと思ったんだけどさ」

「けど蝉がうるさすぎて君の声のほうが聞こえないや」

「えへへ、ごめんね。ありがとね」

何が悲しくて、蝉は泣くのだろう。

僕の中の蝉時雨。

※この物語はフィクションです

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7月21日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

今年になってからお姉ちゃんが少しだけ優しくなったことに、彼はどれくらい気づいているのだろう。

まだ拙いピアノの旋律は、春と比べて大分うまくなった。

それまでは真面目に聞いた事なんて無かった。

私にとって高校生活最後の夏は、彼にとっては最期の夏。

受験勉強をしないといけないと思っていても、ピアノの音を聞いてしまう。

彼だけじゃない。家族みんなにとって最後の夏なのだ。

少しずつ上達していく音色は、あるところでもう上達することはなくなる。

蝉時雨が騒がしいのは、短命だからなのかもしれない。

その蝉時雨を、彼はいつものようにうるさいと思いながら聞いて、ある日を境に聞くことができなくなる。

ピアノの音を聞きながら、一瞬で過ぎてしまう夏を考えている。

※この物語はフィクションです

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7月20日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

昔から、一番欲しいものは手の届かない場所にあった。

限定衣装のお人形は、買ってもらえないまま。

本当に欲しいものの前で良い子でいてはいけないと、代わりが用意できなくなってから気づくのだった。

そんなことを思いながら、私は彼女の背中のファスナーを閉める。

私の欲しい気持ちは、いつも遅れてやってくる。

「どう? 私綺麗に見える?」

ええ。とっても綺麗よ。世界で一番綺麗。

どうして、欲しかったと思うものほど、手に入れられないのだろう。

気づくと私は、後ろから彼女を抱きしめていた。

「ありがとう」と、そう言う彼女の声が一番近くで聞こえて、私は彼女のドレスを汚してしまうのだ。

※この物語はフィクションです

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7月19日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

宣告された期日は、もう過ぎてしまった。

それでもその子は遊びに来ていた。

現実を告げるのには幼すぎる彼女。

僕の手が動かないのを見て、それでも笑う僕に何を思ったのだろうか。

さほど長くない人生の中で、誰かの死を経験することはあった。

彼女のまだ短い人生の中で、この瞬間はどのように映るのだろう。

「元気になったら、また遊ぼうね!」

無邪気な声は確かに、僕の中の終わりかける命を響かせる。

その声が吸い込まれてしまいそうな青い空の下、彼女がいるのが遠くに見えた。

その姿を見下ろした僕は、あらん限りの力を込めて、できるだけ大きく手を振った。

※この物語はフィクションです

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7月18日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

インスタントは嫌いだった。

買い物に出られなくて、仕方なく三分間を待っている。

この部屋に傘はない。

あの傘は、君のものだったから。

健康を気遣う相手がいなくなって、その置き土産は、著しく不健康だった。

小言ばかりの私。それでもトマトは食べられない私。不完全な私。

「私の料理、下手だったのかな」

料理が上手ければ、洗濯を毎日やれば、掃除をサボらなければ、小言が少なければ。

「傘、買っとかないと……」

雷の音が鳴って、耳をふさいだ自分が、心の底から大っ嫌いだった。

※この物語はフィクションです

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7月17日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

僕の原材料はプラスチックで、プラスチックを固めたのが僕。

お菓子のおまけでついてる戦隊ヒーローのロボットのおもちゃ。

超合金じゃないし、百円程度なのにお菓子の方が主役だ。

もっというと僕は、ロボットよりももっとかわいいものの方が好きだった。

なるんだったら手鏡とか、コンパクトとかになりたかった。

僕を買った君。僕をこっそり買い物かごに入れてバレないことに成功した君。

僕にとって唯一の君は、きっと僕が手鏡だったら買ってない。

超合金だったら出会えていない僕は、自分が百円でよかったと心の底から思う。

もし誰かが僕を知ったら、君に縛られてかわいそうだと言うのかな。

そんなふうに君をおとしめるようなやつは、僕のロケットパンチでやっつけてやるから。

※この物語はフィクションです

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7月16日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

僕の記憶力なんてすごく悪いからさ、君がいろんなことを忘れちゃっててもおかしくないと思うんだ。

僕が告白をしたときのこと。君は最初薄く笑って、それからはにかんで、全てを理解したみたいに笑ったんだ。

記憶力が悪くても、僕はあの時のことは忘れなかった。

人間の顔は皆同じように見えてたけど、君の表情だけは数え切れないほど在るんだなって思えた。

炎天下の中会社から家まで歩いたことも、忘れちゃってるのかな。

汗ベッタベタでさ、それでもタクシーを呼ぶ金なんてなかったから、しりとりしながら歩いたんだ。

君とお別れしたとき、青い空が綺麗で、崖の方を向いた君がこっちを振り返って言った言葉、聞き取れなかった。

君を幸せにできなかったこと、申し訳なく思ってたけど、なぜか君の選んだことが間違ってたとは思えないんだよ。

天国には季節なんてなくて、常に適温なんだろうな。

覚えてる? 夏が暑かったこと。

※この物語はフィクションです

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7月15日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

鏡に触れたら、向こう側の僕と手が触れた。

冷たいガラス質の僕が、少しずつ暖まっていく。

僕がガラスの向こうの僕を見ると、ガラスの向こうの僕も僕を見る。

黒い目がこちらを見ている。

向こう側の僕がにやりと笑ったのを感じた。

自らの頬を触り直す頃にはもう向こう側の僕は笑っていなかった。

深夜二時、水の音だけが響く洗面台。

執拗に瞬く蛍光灯と、呆然とたたずむ僕。

鏡に映っているのは誰でもない、ただの光の起こした錯覚。

その錯覚は、なぜかたまに自分をあざ笑っているように感じるのだ。

※この物語はフィクションです

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7月14日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「汗、ベットベト」

彼女はそう言うとスカートをの裾をパタパタと振った。

「ちょっと、女子高生」

「暑いんだから仕方ない」

なーと言って首を傾げる彼女の額にデコピンする。高校に着くまでここからあと二十分。私だって我慢しているのだ。

「温暖化進みすぎにもほどがあるだろー」

「仕方ないでしょ。諦めたんだから」

地球温暖化に白旗を振った各国の皆さんは、もうこれからひたすら地球を食い潰すことに決めたらしい。

「こうやって外に出てられるのも私らが最後かもしれないな」

見上げた真っ青な空の真ん中を、大きな音とともに飛行機雲が引き裂いて行った。

※この物語はフィクションです

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7月13日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

信号が青に変わるまでの間。

君は黙っていた。

僕はただ、君が話し始めるのを待っていた。

長すぎる日はこの時間になっても僕らを夜に落としてはくれない。

影が見えない程度の暗さの中、空だけが妙に明るい。

風が吹いて、目にゴミが入ったのか、君は袖で顔を覆う。

そのまま、君は顔を覆ったまま、そのまま。

僕は何も言わない。

ゆっくり変わった信号を見て、僕は人混みとともに歩き出す。

信号が青に変わるまでの話。

※この物語はフィクションです

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7月12日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「冷房、つけようか?」

「いい。そのままで」

少しだけ冷えた自然な風を、楽しんでいたかったのだ。

夜の帳を下ろした後の、透き通った闇。

その中に、いくつもの明かりが浮かんでいる。

その中にきっとこの部屋もあるだろう。

僕はこの部屋だけ掬い上げて、重りをつけてからずっと深い夜の底に沈めてしまおうと思う。

聞いて欲しいことがあったから、そんな風に言ったら、夜が明けなくなっても君は許してくれるだろうか。

「何書いてるの?」

「んー、君と話してることとか」

※この物語はフィクションです

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7月11日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

穴を掘るだけの日々が続いている。

明けない夜はないなんて、誰が言ったんだろう。

土の中を照らす太陽はない。

「太陽がないなら、作れば良いじゃないか」

無責任な誰かが、言うだけ言った言葉だが、そいつが今何をしているかは知らない。

昔の人は、強すぎる光に怯えて土の中で生きることを選んだ。

その光に照らされて死んでしまうなら、その方が良いのかもしれないと、今の俺は思える。

誰も土の中から出ようとはしない。太陽を作ろうとなんて、これっぽっちも思わない。

ただ、死なないように深い深い穴を掘っている。

夜明けを照らす光が、来る日を待ちわびながら。

※この物語はフィクションです

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7月10日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

窓の外、カーテンを開いたその先に、探すまでもなく視界が捉えた月。

こんなに見られているように思えるのは初めてだ。

明るく、丸く、大きな月。

月が巨大なのぞき穴のようだと思うほど、その月はこちらを見ていた。

夜の町の喧噪は遠くにあり、騒がしさが在ることだけしかわからない。

俺を見ているのは月だけだ。

手に持ったナイフを月に向けて掲げる。

月が傷つけられたかのようにナイフから血が滑り落ちて、それでも何も変わらない月を気持ち悪いと思った。

後ろから、聞こえなくなったはずのうめき声が聞こえたので、俺は高笑いを響かせながら飛びかかって刺した。

「俺は狂人なんだ。仕方ないだろう?」と、そんな言い訳の中身さえも見られているように思えて、必死で腕を振った。

※この物語はフィクションです

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7月9日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

暗くなって、音が止んで、歓声が止んで、また光って、音が鳴って、また歓声が響く。

そんな風景が、花火みたいだと思いました。

俺は今、その歓声の間にポツポツと言葉を残してるんです。

電車の中でも、喫茶店でも、どこでしゃべってても、俺の言葉を胸に残してくれる人なんてそうそういないと思います。

それでも、今、ここでしゃべった言葉は、みんなが一生懸命聞き取って、意味を解してくれる。心に刻み込んでくれる。

俺は、もしかしたら曲や演奏だけじゃなく、ここで作られる全ての記憶のために歌ってるのかもしれません。

花火だって、そうじゃないですか。

光っている瞬間を作るためじゃなく、心に残る記憶を作るために打ち上げてるのかもしれない。

曲、演奏、歌、それ以上の記憶を作るために、俺たちはここに立ってます。

次の曲です。聞いてください。

※この物語はフィクションです

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7月8日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

白い服が、汚れるのは嫌だって、あれほど言ってたよね。

そんなに汚しちゃって悪いなあと思う。

こんな時なのに、思い出せるのがそんなことで。

僕が君の白いシャツに醤油を飛ばしたことくらいしか、思い出せなくて。

あのときはまだ出会ってから半年も経ってなかったんだ。

ぼくがいくら謝って、クリーニング代を出そうとしても、君は暗い顔のままいらないってくりかえした。

ぼくはいまだに悪かったなあとおもってるんだ。

だからさあ、もう泣くのはやめておくれよ。

「もうそれ以上しゃべらないで」

ああ、また血がつくのに、そんなに、抱きしめて。

※この物語はフィクションです

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7月7日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

織姫様、彦星様。

今日の七夕は曇り空だったそうです。

天の川どころか、星一つ見えなかったんだと思います。

押し入れの中からでは、あなたたちを見ようとすることすら叶いませんでした。

それでもお願いがあるんです。

短冊に書けない願い事でも、百回唱えたら叶えてくれますか?

もし、あなたたちが結ばれたら、もし、あなたたちが結ばれて、子供が出来たら。

どうか嫌いにならないであげてください。

大好きな人に嫌いだって言われるのは、みんなつらいと思います。

このお願いを、どうか忘れないでください。

※この物語はフィクションです

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7月6日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

夏の夜風で靡いた髪を小指で流す姿を見ていた。

「綺麗に生きる人は嫌い」彼女はそう言った。彼女の脳裏には僕のことがまだ残っているようだった。

決して綺麗に生きていたわけじゃなかったと思う。残酷なことだってたまにはしたし、悪いことだってたくさんした。

けれど、その死に様はあまりに普通の人じみていた。

まるで、綺麗に生きていたと思われても、何もかも綺麗だったものにされていてもおかしくないと、僕は思った。

「俺は綺麗になんて生きられないや」そう言った彼は何も知らない。

僕のことなんて知らない。彼女の愛した、彼女を愛した人がいたことなんて知らない。

ただ、僕はそれで良かった。

彼女に寄り添う人がいてくれることが、そっと手を握る人が隣にいてくれることがうれしかった。

夏の夜風に僕のにおいは混じらない。今の彼女に僕の奇跡はもう必要なくて、それが奇跡だと思えてしまうほどだった。

※この物語はフィクションです

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7月5日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「おじさん、これで、いいの? おばあちゃん、死んじゃうよ?」

泣きそうな少年は、目の前のことが理解できない理由を未熟さのためだと信じようとしていた。

「仕方なかったんだよ」

私は少年の手を強く握りしめる。

目の前で炎に包まれている屋敷の中、老婆が一人で逃げられないことは分かっている。

「いいかい、これは二人だけの秘密にしよう」

私は悪を注ぐ。少年という器に真っ黒い廃油のような悪を注ぎ込む。

「君がおじさんとまだ一緒にいたいなら、誰にも言ってはいけない」

ああ、私怨の果てを見たこの子は、一体どんな風に育っていくのだろう。

君は悪くない、とそう言う私にも優しさが存在するということを、この子はどう受け止めてくれるのだろう。

※この物語はフィクションです

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7月4日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「変わってしまったよね、あなたも」隣のベッドで眠る彼は、安らかだった。

わたしはベッドの左に置いてあったスイッチを切る。

こんなに不用心に置いておくなんて、わたしみたいな人は今までいなかったのかしら。

少しずつずれ始めた世界で、絶対的な価値となった幸福を、追い求めない人は異端になった。

幸福につながらないことは誰もしなくなったし、反対に幸福につながることは誰もがした。

電気の送られなくなった人工臓器の動きが止まり、だんだんと体液の循環が悪くなるのを感じる。

わたしは、幸福の保障された未来を、今この手で自ら退けた、異端だった。

わたしが、これからどれだけ幸せに生きられるとしても、少し意地悪いあなたのほうが好きだった。

それでも、これから訪れるあなたの幸せを、わたしは邪魔しないから。

おやすみ。せめていい夢を。

※この物語はフィクションです

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7月3日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

二十三世紀が来て僕は、まだ僕が生きていることが信じられなくて。

宇宙飛行士は空に行ったよ。僕は身体の都合で空には行けないけど、疑似飛行は楽しかった。

君が言うとおり、お肉は高級品になった。でも人工肉もそんなに悪くないんだ。技術はすごい。

擬似的に雷を起こす法案を国会が可決させたんだ。なんでも、夏を感じたいらしい。君は雷が苦手だっただろう?

もっとも、今の君には怖いものなんてないんだ。そういうふうにセットアップされたから。

僕はというと怖いものだらけさ。自分が死ぬのもこわい。二百年経っても君みたいにはなれない。

むしろ君のほうが怖がりだったのかもしれない。恐ろしい犯罪も増えたし、君が怖がってた虫は今じゃ普通にいる。

ああ、話し相手になってくれる方の君のデータセットは古いままだった。あとでアップデートしておくね。

たまには手紙を書くのもいいと思う。大学の頃のシャーペンまだ使えるんだよ。芯が貴重なんだけど。

二十三世紀が来て、僕はまだ、君がいないことが信じられなくて。

※この物語はフィクションです

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7月2日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「俺、今日で死ぬんだってさ」

あっけらかんとした口調。今日の給食が鯖の味噌煮だって言うくらいのトーン。

「占い師が言ってたんだ。うちの母ちゃん毎週占い師のとこに通っててさ、百万出さないと俺今日死ぬんだって」

彼はそう言うと持っていた虫取り網をくしゃりと振った。

「なんだ、ただのバッタだ」

「それで、ほんとに死ぬの?」

「うん。死ぬと思う。母ちゃんが死ぬって言うから死ぬんだろ」

彼はバッタを器用につまんで持ち上げる。彼が殺そうと思えばすぐに殺せる。

「旅にでも出ようかなあ。一日だけ。楽しそうじゃね?」

顔を縦に振った僕を見て、彼はシシシと笑ってバッタを逃がした。

※この物語はフィクションです

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7月1日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

夏、新興宗教。

花火に興じる若い男女の絵を、新手の宗教画として見るのはどうだろうか。

「夏には刹那的に楽しめ。そうでなくては夏ではない」という啓蒙じみた態度が透けて見えるのだ。

その思考が少数を救い、大勢を苦しめていることに人々は気づきもしないだろう。

夏を正せ。

楽しいだけが夏なら、どうして今苦しんでいる?

一瞬の煌めきだけが夏なら、どうしてこの苦しみは終わらない?

夏を正せ。

苦しみに終わりはなく、元より夏も四分割された一年の一部に過ぎない。

火薬のにおいが鼻に刺さった。

※この物語はフィクションです

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6月30日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

雨が降って、じめじめして、春にしては暑すぎて、夏にはまだ遠い。

つかず離れずの梅雨空は、他の季節より切なくて、胸が痛い。

私も少しずつ大きくなって、彼も少しずつ大きくなった。

昔はもっと違うところが好きだったなあと思うと、なんだか寂しくなってしまう。

自分に嘘をつきながら生きていることに、罪悪感はない。

得られているものは大きく、繋がれた鎖は重かった。

それでも、またあの時のように笑えるなら。

本当に起こることのように、何かに素直に祈れるなら。

どうか、変わらない空模様を。

てるてる坊主に願いを込めた。

※この物語はフィクションです

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6月29日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

この声は、あなたにしか聞こえないように、こっそりつぶやく。

夜に溶けてしまったこの町で、まだ溶けていないこの部屋の、隣に眠るあなたまで。

遠くから響く汽笛の音は、夜の町をぼおっと通り過ぎる。

街灯の明かりは、夜の水面を照らすようにふわふわと浮かんでいる。

この部屋にも、少しだけ遅い夜が来る。

眠ってしまったあなたの上の、ヘッドライトをカチリと押そう。

明かりが消えたら、この部屋にも夜が来る。

終わってしまった今日を水に浮かべて、さよならをするための言葉。

「おやすみなさい」

あなたにしか、聞こえないように。

※この物語はフィクションです

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6月28日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

口に出した君への言葉に、甘さを感じなくなってしまうほど。

恥ずかしげもなくそんな言葉が口に出せてしまうほど。

それくらい、二人はそばにいたらしい。

「月が綺麗だ」君は空を見上げて言った。

「ありがと」私はベランダに立つ君を見上げて言った。

一瞬で理解してくれた君は、「どういたしまして」と振り返って笑顔で答える。

甘いものを食べながら、オレンジの甘さを感じないこと。

それでも甘いとわかるようなオレンジはきっと、普段食べたら死んでしまうほど甘い。

壊れてしまった味覚を、少しだけ楽しむようなトッピング。

君の目に映る三日月に、そっと生クリームを添えて。

※この物語はフィクションです

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6月27日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「なんだ、やけに元気そうじゃねえか。どうした」と、おじさんのほうはやけに心配そうに尋ねる。

「私が元気じゃ何か問題でもありますか?」と、私もわざわざ鼻をふふんと鳴らしてアピールする。

おじさんは明らかにうろたえた様子だ。「なんか、お前さんがそこまで元気だと気持ち悪いなあ」

私が元気なのは当然だ。おじさんは遂に試作品のたい焼きを私に食べさせてくれるようになったのだ。

「なんだその、そんなにうまかったか。ハムチーズ」その言葉に私はぶんぶんと頷く。

「私、お昼食べてないんですよね。だから余計」向こうを向いて仕事をしていた顔が驚いて振り向く。

「私が毎日そんなに食べてると思ってましたか? そんなに大食いじゃないですよ」おじさんはあきれたような顔をする。

「なんだ、昼ぐらい食え。何なら昼飯になりそうなたい焼き、もっと考えてみるわ」

「私のためのメニューが作られるんですね!」私は精一杯のキラキラした目でおじさんを見つめる。

「客のためなら当然だろ」照れているおじさんを見られるのも私の特権だと思えてニヤニヤしてしまう私だった。

※この物語はフィクションです

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6月26日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

日が伸びて、日没が遅くて、それだけ。

話題にしようとも思わない。

今の僕らに、当たり障りのない会話は要らない。

僕が速く歩けないのに、君は気づかず行ってしまう。

僕は引き留める言葉を持たない。

きっと、ここまでずっと前振りだったんだ。

僕を見限った君が、どんなに僕がひどいやつだったかを次に会う人に話すためのプロローグ。 

僕が君を追いかけなかったこと、僕のせいにすればきっと楽しいよ。

君が角を曲がって、見えなくなって、それだけ。

僕が角を曲がるのをやめて、手前の本屋に入って、それだけ。

※この物語はフィクションです

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6月25日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

友人の父親は、ゲームショップで働いていた。

小学校の頃のことだ。顔も思い出せない。

それでも、ゲームを売ってるお店だと聞くだけでなんだか楽しそうで、大変そうな自分の父親と比べていた。

まあそのゲームショップが潰れたのは、意識に上らないくらいには前のことなのだけれど。

靴屋になったそのゲームショップの前を通って、そういえば彼の父親は今頃何をやっているのだろうと考えた。

転職して違う仕事に就いているか、他の店舗で働かせてもらっているのか、そもそも他に店舗があるのか。

野次馬のおばちゃん程度の感情移入しかできない。他人の辛労を感じることはできないのだ。

髪を切った。

重かった髪は軽くなって、重かったんだなあと思ったのもつかの間、どれくらい伸びていたかさえ忘れてしまった。

人間の記憶装置のバグは、その人間を生かすためになくてはならないものになってしまった。

※この物語はフィクションです

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6月24日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

どうやら僕は心臓という言葉が好きなようで、言葉に迷ったときはことあるごとに心臓と打ち込んでいる。

心臓が痛むとか、心臓の鼓動に合わせてとか、心臓を貫かれるようなとか、まあ心臓関連の単語が増えた。

小さい頃、僕の心臓はどこにあるかすぐ分かった。

肋骨の奥でヒクヒクと動くのが見えたから、そこにあるんだってすぐに分かった。

僕は頻繁に鼻血を出すから、血液に対する耐性もそれなりにある。

思いっきり作ったようなグロ画像は苦手だけれど、手術の様子なんかは苦もなく見ることができる。

僕は自分が人間であることを実感している。

生きている誰かの姿があまり人間に見えないのは、その人が自分と異なるからなのかもしれない。

人間らしくない人の方が好きになるのは、自分と異なる人を無意識に求める遺伝学的習性なのかもしれない。

僕は自分が人間であることを実感している。

※この物語はフィクションです

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6月23日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

少女漫画を読んだ。

最初は、読む気なんて更々なかった。ただ、読めと言われて仕方なく読んだ。

感情移入もなかった。ただ淡々と読んだ。高校生同士の恋愛に何の羨望も未練も無かった。

読めと言われなかったら絶対に読まなかっただろう。それくらい興味を持たずに読んでいた。

一瞬だけ、そこに自分が見えた。

どこにでもあるような漫画の中に自分を感じた瞬間、「ああ、これが恋か」と思えた。

彼は恋をしていて、その瞬間僕は、彼の恋が理解できたのだった。

誰にも理解されない気持ちを共有できた彼は、確かに僕に微笑んだ。

どこにでもあるような、そう形容されてしまう彼らの物語が、確実に世界を描いた瞬間。

なんだか気持ちがふわふわとして、誰にでも優しくできそうな、そんな気がした。

※この物語はフィクションです

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6月22日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「あれ、夢だったんだ」

呟いたセリフは夜道のぬるさに沈んだ。

自分が事実だと思っていたものは、思い込んでいただけであった。

ただの夢なのであった。

その内容と言えばかなりどうでもよいもので、それが夢だったところで別段変わったことはない。

ただ、夢と現実の区別が曖昧だとひどく知らされた。

この現実も、夢であるかもしれないし、僕が信じていた現実も、夢だったのかもしれない。

「何が夢だったら良かったかな」

苦しい現実のどの部分が夢だったら、今がもっと明るくなるだろうか。

言うだけ無駄なのだろうけど、呟いてしまう自分がいる。

※この物語はフィクションです

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6月21日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

昔、自分を助けてくれた人が、自分のことを普通の人だと言っていた。

僕は、その人を神様だと思っていた。

その人は、明らかに普通ではなかった。

僕より優れていて、非の打ち所がない好青年で、僕は彼を妬ましいと思った。

僕は劣っていて、彼よりも悪いところをたくさん持っていた。

ある日、僕の口からこぼれ落ちた愚痴を、彼は拾い上げて言った。

僕の褒められるところをこれでもかと言うほど挙げていった。

その場で僕はいい気になって家に帰った。

後から思い出して、僕は自分の劣等を知った。

敗者のレッテルを貼ったのは僕でも、それを刷ったのは神様だと罵りそうになって、レッテルを口に貼り直した。

※この物語はフィクションです

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6月20日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

彼が未だに私の家に謝罪に来るのには、理由があるそうです。

なんでも、彼がひき殺した少女の顔が忘れられないからだとか。

最初は素直に律儀な人だと思われていたのに、何度も謝罪に来るから、最近では気味悪がられてしまっています。

菓子折さえ受け取ってもらえない始末になりました。

実は私も、その顔が忘れられないのです。

狙い澄ましたような目。

思い通りの展開につり上がる口角。

一瞬のうちに痛みに歪む表情。

フロントガラスに映った私の顔を、私は忘れることができないのです。

謝罪すべきは私の方なのになあと思いつつも、軽い身体は暢気にふわふわするだけでした。

※この物語はフィクションです

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6月19日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

実家の梁に頭をぶつけた。

ジャンプしても届かなかったはずの梁が、こんなに低く感じるとは。

小さかった俺はもっと背が高くなるように努力した。

背が高くなって見えた世界は、不条理で、非倫理的で、妙にシステマティックで、狭かった。

手が届いてしまえばあっけないもので、魅力的に映るものがどんどん減っていく。

それが確かに悔しい。

俺の部屋に未だ似合った宝箱の中は、ガラクタであふれていた。

ここだけ昔みたいで、ここに入れておけば昔に届けてくれるような気がした。

大学の学生証でも入れようかと思ったけど、今の俺にはまだ必要だったからやめておいた。

というより、彼が求めていたのは不確かな未来で、予言とは違うなって思ったから、やめておいた。

※この物語はフィクションです

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6月18日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「たい焼き、五つください」私はできるだけ低い声で言う。

「いらっしゃい、中身は何にします? 五つだと餡子と餅入ったやつと抹茶とチョコとカスタードがおすすめですね」

おじさん、やっぱりそれをおすすめしてくれるんだ。私は目深に被った帽子の中でうつむく。

「じゃあ、その組み合わせで」手に持った六百円、ずっと使えなかった六百円をレジの横に置く。

「お、女子大生」私の手に気づいたようで、おじさんは話しかけてきた。「なんだ、別れたのか」

「別れた?」首を傾げた私におじさんは、「なんだ、男でもできたんじゃないのか」とケロリと言う。

人の気も知らないで、そう思いながら私はその話に乗っかる。「男って最低ですよね、全く」

「まあ、たい焼き食って元気出しな。ちょっと餡の味変えたんだ。試してみてくれ」話すおじさんは何も変わらないまま。

ほんとに男って最低だ。私は帽子を脱いで頭を振る。

久しぶりに食べたたい焼きは、餡の塩味が前より利いてて新鮮だった。

※この物語はフィクションです

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6月17日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

大急ぎで向かう最寄りは、いつもより少しだけ遠く見えた。

千鳥足の酔っ払いや、うつむいたサラリーマンの群れに逆走していく私。

躊躇いは微塵もない。

あなたにとっての大切は、私のことじゃなかったけれど。

誰かにとっての大切が、あなただって知ってくれたら、何か変わるかなって思ったから。

戸惑っていたら届かない。

迷っていたら、あなたの元まで届かない。

あなたの言う最高の友達は、最高の友達であるために坂を駆け下りています。

あなたの最愛の人が裏切ったとしても、最高の友達は一線を越えずにただあなたのそばにいたいと思うのです。

終電、間に合え。

※この物語はフィクションです

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6月16日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

砂浜で、透き通るような水色の石を拾った。

キラキラとしたその石は、パレードを氷のなかに閉じ込めたようだった。

あの夏、五年前の夏が氷漬けになったのだ、と私はとっさに思った。

私たちが高校生だったあの夏。

『奇跡』を追い求めてひたすら走り回ったあの夏。

お寺の境内で私たちが見つけた、『奇跡』と呼んでも遜色のないその風景は、やっぱり奇跡だったんだ。

氷漬けにされてしまうほど、誰かに見つかってはいけないものだったのだろう。

それくらいあの夏は、綺麗で、誇らしくて、秘密だった。

一度は拾った水色の石を、私はそっと波打ち際に置いた。

手に持ったままだったら、いつか忘れてしまいそうだと思ったから。

※この物語はフィクションです

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6月15日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

見慣れた暖簾をくぐると、いつもの店の半分が大学生集団で埋まっていた。

それでもいつもの俺の席が空いているのを確認して、店長を少し見直した。

「いらっしゃい」と、店長が奥から顔を出す。

その顔が『先輩の草履暖めておきましたよ』と言わんばかりの秀吉顔だったので、見直したことを若干後悔した。

「豚玉とビール」それだけの簡素な注文でも笑顔で受けてくれる。店長との付き合いは、もう十年じゃきかない。

店に活気があるのは店長にとっては願っても無いことだろう。

大学生集団は酒を飲まないようで、それでもまあ楽しそうで今の子は健全だと思いながら眺めていた。

「楽しそうでしょ。彼らそこにできた大学の子たちらしいですよ」店長がビールを片手にそう言う。

この店も、この町も、少しずつ変わっていくんだなあと思ってしまう。

「俺の席、取っといてくれてありがとな」と、言うつもりもなかった台詞が口から出て、気恥ずかしさはビールで流し込んだ。

※この物語はフィクションです

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6月14日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

暑くない、まだ夏じゃないから。

梅雨ではないらしい。まだ少し早いらしい。

機嫌が悪いのは君のせいじゃなくて、主に低気圧のせいだ。

君に当たり散らしたのは僕のせいだし、君がそれを悔やんだら僕の罪を意識させるためなんだと思うまでだ。

君は気づいていないだろうけど、君が悔やむこと全部、僕への非難だと思ってるんだよ。

君が悔やんだら、それ以下の僕はもっと悔やまないといけないじゃ無いか。

こうも生きづらいと僕のための世界じゃないみたいだ。

そんなこと、ずっと前から分かってたんだけど、確認すればするほど僕の首が絞まっていくんだ。

暑いのが苦手なのは、僕がこの世界に向いてないから。

僕の首を絞めるのは、真綿のような初夏。

※この物語はフィクションです

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6月13日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

夏みかんの白いところみたいに、嫌いな自分を集めて、ゴミ箱に捨ててしまえたら良いのに。

めんどくさい性格とか、言動とか、過去とか、まとめてゴミ箱にポイしてしまいたい。

こんがらがってきたもの全部捨てて、自由に一人寂しくなりたい。

本当は一人になんてなりたくなくて、ほんの少し誰かがいればそれでいい。

みんなに好かれるのも疲れるけど、嫌いな人にさえも嫌われたくない気持ちでいっぱいなんだ。

人生イージーモードの僕には、周りの視線が痛すぎてきっとどうやっても生きづらい。

恥ずかしいほど何もできないのに、なんだか上手くいくのがもどかしい。

なんだか涙が出てきたよ。

この夏みかん、もうぐにゅぐにゅに柔らかいんだ。

食べられるところなんてないから、捨てるしかないじゃん。

※この物語はフィクションです

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6月12日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

気温が上がるにつれて、僕の気分は低く定まっていく。

明るさを過度に増した昼間も、生ぬるい風しか感じられない夜中も、気分を低下させる原因にしかならない。

暑いのが苦手になったのは、いつからのことだろうか。昔はそうでも無かった気がする。

そこまで考えたところで思い当たった彼の存在を、僕は無視しようとしてもできないのだ。

いつもクラスの端で本を読む彼と、僕は友達でいたかったから。

彼の嫌いなものを嫌って、彼の好きなものを好くようにして、夏の暑さが嫌いになって、静かな教室が好きになった。

彼の好きな人は自分の芯がしっかりした人で、彼の嫌いな人は嘘をつく人。

彼は僕の気持ちの嘘を見抜いたけど、彼が離れた頃にはどうしようもなく嘘が本当になった後だった。

夏が好きだった僕は、もういない。

人を騙そうとした証拠だけが、僕の気持ちを重くしているのだと、思い出してしまった。

※この物語はフィクションです

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6月11日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

輝きって一瞬だ。

すぐに消えてなくなっちゃう。

楽しかったのも嬉しかったのも、感動したのも綺麗だと思ったのも本当にすぐに消えてしまった。

見えないものはないって言う人がいる。

消えてしまうものは無いのと同じって言う人がいる。

それでも私は、それがあったことを覚えている。

忘れてしまったとしても、その時間が無かったわけじゃない。

見えなくても、消えてしまっても、その感情に出会う前の私とは違う。

そんな風に感情を証明する私が存在することで、今の世界が少しだけ変わってたら良いなと思う。

世界が私を証明してくれてるって信じていたいから。

※この物語はフィクションです

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6月10日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

「世界、終わっちゃうんだってさ」君はそう言いながらインデペンデンス・デイの録画を途中から流す。

「なんで今それ見るんだよ」僕もそう言いながら、今しか見るタイミングもないだろうと思っている。

地球に侵攻してきた宇宙人の攻撃によって、都市は滅亡してしまった後のシーンだ。

核は使うか使わないか、と相談しているシーンで、「使っちゃったねー、核」と君はつぶやく。

僕はそれを無視して見ている。

宇宙人が拳銃で撃ち殺されるシーンを見ながら、「あんなんで死ぬ宇宙人だったら良かったよね」と君はつぶやく。

僕はずっと黙って見ていた。

結婚式のシーンで、手を握った彼らを見ながら、僕らも手を握った。

瞬間、電気が消えて、テレビも消えて、僕らは終わりがそこまで来ていることを知った。

キスをしようにも防護服が邪魔で、プラスチック同士がコツンと当たる音が僕らの最後だった。

※この物語はフィクションです

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6月9日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

目が一瞬チカチカしたように感じた。

それは、一瞬で終わって、勘違いだと看做されて、何にもならなかった。

目の前で瞬いた閃光は、私の記憶に留まることは無かった。

誰のための光だったのか、何のための輝きだったのか。

私は思考さえしなかったので、喜ぶことも悲しむこともできない。

数日後、友人が言うには、天の川銀河という遠く離れた星々のうち一つが死んだそうだ。

私の視界を揺らした一瞬の光は、それでも思い出されることはない。

そこにどんな命があろうと、どんな物語があろうと、そこで誰かが守ろうとした何かがあったとしても、知らないのだ。

それに感情を持つことの方が、卑怯にさえ思えてくる。

彼の話す太陽という星の爆発は、私が授業に遅刻しないこと以上に大事なことなのであろうかと悩むくらいだ。

※この物語はフィクションです

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6月8日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】 

空を見ていたら、携帯が鳴りました。

それは、休んでいた僕の取れなかったノートの写真で、ありがたいなあと思いました。

海を見ていたら、携帯が鳴りました。

それは、落ち込んでいた僕を心配するようなメールの通知で、なんだか泣きそうになってしまいました。

自分一人がいなくなっても何も変わらないと、そう考えることは山ほどあります。

けれど、いなくなっても変わらないはずの自分は、たくさんの人に支えられて生きているのでした。

普段なら陳腐に感じる言葉が、自分で思い至ってしまうこともあると気づくのです。

たくさんの人が支えてくれる自分が、誰かを支えることができているかは分かりません。

それなら、誰かを支えられるように精一杯生きないとと思いました。

空も。海も、僕の居場所じゃないと知らせてくれる人たちに、感謝しないといけないと思いました。

※この物語はフィクションです

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6月7日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

したいことが見つからなくて、ただ僕は季節を過ごす。

わずかに残るものは誰かの何かなどではなく、ただ趣味に費やそうとしていた先々月の生活費。

奇跡のようなものとは無縁で、それでも僕はそこにいる。

嫌いなものを挙げるとしたら、マネキンと声の大きい人、あと強いて言うなら生きることだ。

死ぬのが嫌だから生きるなんて言葉が嫌いで、まさしくその通りの自分が嫌いだと思う自分が嫌だ。

迷路のような悩みはないが、ただ平地のようなだだっ広い無ならある。

何のために生きるのか。

そんな悩みが生まれるほど、若くない年になってしまったのかもしれない。

車窓から、入道雲を見ていた。

夏が僕を、拐いに来たようだ。

※この物語はフィクションです

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6月6日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

ズタズタになるまで引き裂いた記念写真を、生ゴミに混ぜた。

いっそあなたが死んでしまっていたならば、こんなやりきれない気持ちも美しくできるのかもしれない。

そうだ。思ってしまったその瞬間、あなたは既に死んだのだ。

私の中のあなたは、今この瞬間、私が殺してしまった。

あなたは遺書など残さずに死んだから、私が勝手に弔いましょう。

お通夜のような夜はとっくにもう越えたから、好きだった音楽を聴きながら、あなたとの思い出を紐解きましょう。

あなたが不慮の事故なんかであんなにあっさり死んでいなければ、楽しい日々は続いていたはずなのに。

でも、あなたが見てくれてるって分かるから、一人でも生きていける気がするよ。

想像の空に、突き抜けるような青を描いた。

その先のあなたまで、どうか届きますように。

※この物語はフィクションです

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6月5日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

君の濡れた長い髪が、絞れるほどの夕立。

私の制服の裾から、滴るほどの夕立。

駆け込んだ駄菓子屋のおばちゃんはいつもと同じ仏頂面で、「なんか買ってくかい」と声をかけた。

久しぶりに開けたラムネの瓶から、涼しさがこぼれ落ちる。

炭酸の泡が弾けるように、きっとこの瞬間も、弾けて後には残らないのだ。

そんな爽やかな夏を、私は勢いに任せて飲み干した。

瓶が空になるのを見ていた君は、夏が来たと言って笑った。

雨は止まずに雷が鳴り始めて、私たちは次の駄菓子を物色し始める。

来年もこんな風に。

雨が降って、雷が鳴って、夏だねって笑って。

※この物語はフィクションです

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6月4日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

連休もとうの昔に過ぎ去り、当たり前のように店には閑古鳥が鳴いていた。

当たり前のような売れない六月は、なぜか毎年の六月とは違っている気がしてしまう。

きっとその脳裏にチラつく顔が、少し早い梅雨時のような心持ちの正体だ。

毎日のようにたい焼きを食べていく彼女が、何を考えていたかなんて、知らない。知りたくもない。

けれど、何かを期待していなかったかと言われたら、俺は曖昧にしか答えられない。

妻に先立たれてからやけっぱちでたい焼き屋を始めた俺のような男が、期待するのが間違いなのは分かっている。

見ず知らずの客に若い頃の妻を重ねていた俺の方が、間違ってるに決まっていたのだ。

しばらく前に焼き上がったたい焼きを、一口頬張る。

「そんなにおいしくないのかな、うちのたい焼き」

口に広がる甘さに塩味は混ざらない。塩の分量を間違えるほど素人じゃない。

※この物語はフィクションです

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6月3日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

隣の会社では、機械を導入したらしい。

うちの会社でも検討していると噂で聞いた。

ボトルネックになっているのは導入時のコストだけで、運用コストも時間効率も、人間よりよっぽど良い。

実際その通りで、機械ならうわの空になることも、ヤケ酒して業務に支障をきたすことも、親の介護で辞めることもない。

私のようなポンコツに、勝ち目はないのだった。

それでも辞めさせられると食っていくことができないので、私は必死で働く。

感情を殺し、自分のできる限りの効率で腕を動かし、頑張ってますよと上司にアピールする。

情に訴えることしかできないから辞めさせられるんだろうなあと思いながらも、これしかできないのだから仕方が無い。

案の定、機械の値が下がったら私はリストラされた。

効率しか要らないなら機械になんて勝てないのに、と思ったところで私が勝てるところなんて無いことにやっと気づいた。

※この物語はフィクションです

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6月2日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

何がこんなに難しいのだろう。

うまくしゃべることがままならない。

自分がしゃべろうとした様々な単語のすべてに、自分をしゃべらせまいとするブレーキがかかる。

自分を卑下するのは相手に負担を掛けて良くない。

自分の意見を主張すると誰かの考えを否定するかもしれない。

無駄な発言をして他人の時間を奪うのは申し訳ない。

そうしていくうちに、しゃべらないことで自分が溶けてなくなってしまうのではないかと思うようになった。

自分がしゃべらなければ自分という考えを持った人がいなくなってしまう気がするのだ。

けれど、本当にそうなるのだとしたら、自分の考えは必要なものじゃないということだ。

そして、きっと本当にそうなるのだろうから、今のうちに謝っておこう。

※この物語はフィクションです

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6月1日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

自分のいない風景。

自分視点で把握されていた小規模な世界から、消えた自分。

毎フレームごとに呼び出される、吐き気を催すほどの自己嫌悪は、私がいなくなった後もまだ苦しめる。

どんな人間も自分を必要とする声を求めている。

その声がどれだけ欺瞞に満ちていても、自分自身は気づけないまま。

自分のいない風景。

どこまで行ったとしても必要とされることのない自分。

吐き気を催すほどの自己嫌悪は、欺瞞だと分かった声を、それでも求めていることによるものなのだろう。

そんな自分なんて、いらない、要らない。

私がいなくなったとして、誰も気づくこともできないまま。

※この物語はフィクションです

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5月31日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

少しだけ早足になったのを、目の前の信号が点滅し始めたせいにした。

今になってもまだ、認められない僕だ。

昨日のメールの後、眠れなかったことも、バイトが遅く終わったのに、いつもの場所に向かうことも。

きっと何かのせいにして、僕はまだ認められないまま。

風の匂いを感じるようになったのは、訪れる夏に敏感でいたいから。

本当のところは、君がシャンプーを変えたからだとわかっている。

前よりも月が綺麗に見えるようになったのは、新しいメガネを買ったから。

本当のところは……何なのだろう。

今も君の笑顔が思考を埋めるなら、そろそろ認めないといけないのかもしれない。

信号を渡りきってもまだ僕が早足で歩くなら、それはもう君のせいだ。

※この物語はフィクションです

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5月30日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

自分が何をするべきか、どうすれば良いのか分からない、

どんな言葉も誰かを傷つけるなら、どんなことも自分を嫌う原因になるのなら。

僕はどうやって生きれば良い?

他人は他人だ。

自分をどうにかできるのは自分しかいない。

自分が感情をぶつけても嫌にならない対象も、自分が嫌いになっても罪悪感を得ない対象も、自分しかいない。

他人に感情をぶつけたら、自分の方が嫌になる。

他人が嫌いになってしまったら、自分が罪を犯したみたいだ。

結局一人になるしかない。

他人を切り捨てて、他人に切り捨てられるしかない。

※この物語はフィクションです

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5月29日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「上着、要らないね」そう言った僕の声が、君に届いていたみたいだ。

「これからどんどん暑くなっていくからね」君は愛おしそうに僕を見る。「暑いの、わかるんだ」

「なんだか、あんなに寒かったのが嘘みたいだ」僕は焼けそうなほど明るい窓の外を見て目を細めた。

「夏が来るのよ」君も嬉しそうに目を細める。「あなたはきっと、覚えていないでしょうけど」

「うん」僕はふふふと笑う。「それでも暑いのくらいはわかるよ」

身体にとって十五回目の夏は、僕の記憶にとっては初めての夏だ。

「ありがとね、暑いのにお見舞い来てくれて」僕から君にはお礼ばっかりだと思ったけど、言わない。

「ねえ、今度はアイス持ってこようか。夏になるんだからアイス食べないと」君ははしゃぐ。

君が喜ぶから、これから来る季節のことも好きになれそうだ。

こうやって僕は、少しずつ、夏を取り戻していく。

※この物語はフィクションです

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5月28日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

カーペットに見つけたシミが、気になっている。

君がメールで、月が綺麗だから見てみてよ、と言ったけど、僕はカーペットのシミが気になって仕方がないと返事した。

この部屋に入ったことのある人は、僕だけだ。

親さえ一歩だって踏み入れたことはない。

もちろん君を入れたことだってない。

だからこのシミは、僕が付けたものだ。

君がメールで、カーペットのシミなんてどうでもいいから窓の外を見てよ、と言う。

僕は自分の話を聞いてくれない人が嫌いなんだ。

君だってそうに決まってるから、僕はカーペットのシミをじっと見ている。

ほんの些細な取り返しの付かないことで、僕の部屋のカーペットが気づかないうちに汚れていくんだ。

※この物語はフィクションです

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5月27日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

無機的な形式言語に飽きたのだろうか、気づいたときには本の森に迷い込んでいた。

目に入る文庫を見比べながら、先程までは考えられなかった様々なことを考えた。

この忙しさでツァラトゥストラは読み切れまい。

文庫一冊であっても、長編は厳しいだろう。

なんだか、追われているなあ。

一つ所に留まれない様子は、さながら逃走中の殺人犯だ。

とすると、好きな作家の本が読めるのもあと少しかもしれない。

手に取ったのはかつて好きだった作家の短編集だった。

少し流行りは過ぎていたから、棚の端に追いやられていたのを大事に引っ張り出す。

どうすれば不審がられないかと思いを巡らせながら、なるべく普通の顔をしてレジに向かった。

※この物語はフィクションです

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5月26日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

電車が来るまではまだ少しあったけれど、あなたは席を立った。

私も追うように待合室を出て隣に並ぶ。

二人の間を隔てているのは沈黙以上の何かだった。

季節外れの寒さが、カーディガンの上から肌を突き刺す。

きっと、もう会うことはない。あなたが私の手を温めることもない。ただ、それだけ。

最後のベルが鳴った。

電車に飛び乗ったあなたは、私の記憶を揺さぶるようにこちらを向く。

不意にあなたが伸ばした手に、触れられないまま扉は閉まる。

いつもそうだった。あなたはいつも自分の手は汚さずに、誰かに扉を閉めさせた。

私の心はこのホームに残されたまま、次の駅に進むのはあなただけだから。

※この物語はフィクションです

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5月25日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

周期的に繰り返される振り子時計の動作音が、やけに印象的な夜だ。

俺はテレビを眺めていた。

あいつが家出をすることはよくあることだ。

そのまま帰ってこない晩だって、ないわけじゃない。

いつものことだと、分かってはいるのだ。

分かっているのだけれど。

重りが落ちきったら、振り子は止まる。

その重りを引き上げようと思わなくなったのは、いつからだろうか。

俺は眺めていただけのテレビを消そうとする手を下ろして、電気を付けたまま布団に潜った。

時計のことなんて忘れたかったのに、それでも振り子の音は響いていた。

※この物語はフィクションです

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5月24日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

心臓の音が、嫌いで。

自分の身体の中心で鳴り続ける音が大嫌いで。

目の前には綺麗な景色があって。

私には到底見られないと思っていたほどの美しい夕焼けがあって。

この音が無ければ見ることも無かったと思うと、吐き気がする。

彼女は言う。

この先にはもっと綺麗な景色があると言う。

私と一緒に見たいのだと言う。

心臓の音は止まない。

嫌いなその音を、抱きしめることしかできない。

※この物語はフィクションです

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5月23日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

「言えないことは、あなたのこと? わたしのこと? それとも……」

あなたが口をつぐんだ理由を、悩むまでもなく本当は全部知っていた。

今、あなたが誰を好きで誰を嫌いか。

誰のことを愛したくて、誰のことを裏切りたくて、誰のことを殺したいか。

誰のことを秘密にしたか。

結婚してから何年経っても、手先だけは器用なの。

きっとあなたはまだ、リボンに包まったままの私を見てる。

あなたがチョコレートが嫌いなことなんて、ずっと前から知っていたのだけど。

あなたが私に出会う前から知ってたなんて、君が知ったら私がチョコレートになっちゃうから。

あなたには絶対に言えないかくしごと。

※この物語はフィクションです

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5月22日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

五分間だけ、明かりを消す。

生ぬるい風が部屋に吹き込んでくる。

月明かりが窓辺に落ちるけれど、手元までは届かない。

誰かに必要とされたくて一生懸命だった私は、少しずつ人のために生きられるようになった。

誰かの好きなものを好きになって、誰かの嫌いなものを嫌いになって、少しずつ自分が影に隠れて。

不満はない。今は大切で幸せだ。

けれど、この五分だけは、私のための私の時間。

この五分を超えたら、もう少し頑張らないといけないから。

感じた中で一番長い五分間。

月が雲に隠れて、また出てくるまでの五分間。

※この物語はフィクションです

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5月21日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

アスファルトも柔らかくなってそうな暑さの中、なんで君はこんなところにいるのかね。

いや、わかるよ。僕にアイスをおごらせる気だろう?

だからってこんな日に来なくてもいいと思うんだ。

アイスが溶ける前に自分の方が溶け出してしまうじゃないか。

あー、分かったよ。行くよ。行けばいいんだろう行けば。

やっぱり暑いね。Tシャツで外に出るのは嫌いなんだけどもう仕方ないね。

手? 繋がないよ、こんな日に。君に体温があるのを僕は知ってるんだよ。侮らないでほしいね。

喉が渇いた? 朝から何も飲んでない? ああ、いいよじゃあなんか買うよ。ケチだと言いふらさないでくれよ。

暑いね。暑いと暑いことしか考えられなくなるよね。大丈夫だよ、君のことを考えてなかったらこんなところにいないから。

ああ、混んでるかと思ったらそうでもないね。こんな日に歩いてるのは奇特な僕らくらいってわけだ。よし、どれがいい?

※この物語はフィクションです

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5月20日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

喧騒に交じることのない、透き通るような君の声が私の鼓膜を揺らす。

顔を上げると見慣れない格好の君の姿が目に入って、思わず顔がほころぶ。そうだ、今日は休日だ。

私がおめかしした記憶も、君に会える事実で吹き飛んでしまっていたようだ。

今日は一緒に何をしようか。

バッティングセンターは、君のフリフリのスカートには似合わない。

かと言って映画はもう見飽きてしまった。

私の思案を気にせず君はジェスチャーで三塁方向に向かって打球を飛ばす。

いいのかそれで、私は別に構わないけれど。

君は今にも両腕を挙げて一塁に駆け出しそうだ。

君が楽しんでくれるなら、ホームベースでもワールドシリーズでも、どこへでもついていくのだけれど。

※この物語はフィクションです

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5月19日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

窓枠に頬杖をついてバスの外を眺めている。

シャッターの並ぶバス通りを眺めながら終点にある病院のことを考えている。

あいつが何かを怖がっているのを、俺は見たことがない。

見舞いに行く方が飽きるほど長い間入院しているあいつは、いつも俺が来ると心の底から喜んでいるように見える。

今日も「暇だから」という的確かつ単純な理由で呼び出された俺はバスに揺られていた。

あいつにいつか会えなくなるなんて、それこそ信じられないことだ。

最初に入院したときはひどく心配したが、三年も経ったらそれこそ当たり前のように感じてしまっているのだ。

ずっと病院にいる以上、あいつも長くは無いのだろう。

しかしあいつの喜ぶ顔しか思い浮かばない俺は、どうしても『それ』を意識できないままでいる。

病院の前のケーキ屋さえも閉店していることを知った俺は、嫌な想像をして唇を噛んだ。

※この物語はフィクションです

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5月18日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

初夏が来て、去年と変わったことといえば、君がいることだ。

給食のアイスクリームのようなその季節の香りが、肌触りが、苦手だった。

私のことを知っているはずなのに、君は無邪気に笑う。

夏は今だけしかないんだよ、と。

君の声を聞くうちに、君が代わりに食べてくれるなら、と思えるようになった。

ドロッとした舌触りも、押し付けがましい甘さも、君が代わりに食べてくれるなら。

私もプチトマトをもらって口直しにできるから。

夕立でも洗い流せない過去。

一人では越えられない積乱雲の向こう側。

君は美味しそうに夏の一口目を頬張った。

※この物語はフィクションです

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5月17日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

最後のベルが鳴った。

君は俯いていた顔をハッと上げる。

「あっけないものだね」僕はつぶやくけど返事はない。

その顔を見ても、今はもう季節外れになった冷たい風が頬を切るばかりだ。

振り返って、誰もいない車両に乗り込むと、さっきまで乗っていた人の熱気で顔が焼けた。

背中を見られるのがひどく胸をざわつかせるので、振り向いて君がすべて見えるようにする。

空間を隔てるものは、物理的なものだけには思えないのだ。

僕はまっすぐ、手を伸ばす。君に触れる前に、扉は閉まる。

それでいい、ここが僕らの終着点だ。

次に扉が開く頃には、違う空が広がるはずだから。

※この物語はフィクションです

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5月16日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

下りのエレベータが嫌いだった。

下がり始める瞬間の若干の浮遊感。

寂しくなるような足下が、私自身の存在を自覚させる。

久しぶりに会ったあなたは、そんな些細なことは覚えていないようだった。

みんなと楽しそうに話しながら、一階のボタンを押す。

自分だけ遠くにいるような透明な存在感とは裏腹に、重力は落ちていく私を逃さない。

どこまでも、どこまでも私はここにいる。

友人の結婚式なんて、来なければ良かった。

どうか、私を一人にさせて。

幸せなんて、どこにもない場所につれてって。

※この物語はフィクションです

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5月15日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

君はもう覚えていないかもしれないけど、お守りのこと。

あの日から僕は肌見離さず持ってるんだよ。

君が受け取ってくれなかったお守りをポケットに入れて、いつも機会を伺ってた。

毎日ポケットから出して、入れて、たまに眺めてをしてるうちに、いつしか僕のものになってしまった。

君を守ってくれるはずのお守りは、気づいたら僕を守っていたみたいだ。

いつもポケットに手を入れてそれがあることを確かめるから、ないときはとても焦ってしまう。

それくらい、お守りが大切になって、君を守ることが大切になって。

見えないよ、と君は言う。

君が見えない世界にも、僕はいるんだよ、と僕は微笑んでも、君は僕のことなんか見てないけど。

黒く落ちた影法師は、微笑みもせず君を見ていた。

※この物語はフィクションです

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5月14日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

言葉にしたかったのは切なさ。

闇にまだ慣れないような視界の感じ。

さっきまで明るかった気がするけど、今は暗いから周りがよく見えない、そんな雰囲気。

しばらくしたら目も慣れて、この暗さを身体中が受け入れてしまう。

けれど、今はまだ暗いことを悲しんでいたい。

さっきまで明るく照らしていたその光のことを、忘れたくないのだ。

視界に残る力強い光の輝きを、身体を包み込んだ柔らかな暖かみを、覚えていたい。

言葉にしたかったのは切なさだったのに。

だんだんと慣れていく視界の黒は、少ない光でも自分が生きていけることを教えている。

記憶の中の君の姿も、少しずつ黒く塗りつぶされていく。

※この物語はフィクションです

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5月13日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

音楽は歌詞より曲で好きになることの方が多いと思う。

私が昔好きだった曲を聞き返して、歌詞を初めて意識した。

自分がこの歌詞の音楽を好きになっていたことがなんだか驚きだった。

「自分をもっと、強く愛せるように」なんて、私にとって共感できないにもほどがある。

私が私を愛せる日は来るのだろうか。

自分を愛することを素直に肯定できる日は来るのだろうか。

今までずっと。私は私を嫌ってきた。

そのことで自分だけじゃ無く他人も巻き込んで傷つけた。

けれど、この曲を信じるなら、「絶対いつかたどり着ける」のだ。

そのときになったらきっと、この曲をもう一度聴ける気がする。

※この物語はフィクションです

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5月12日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

みんなが寝静まった夜にはこっそり一人で日記を書こう。

今日あったことを少しずつ書き留めよう。

今日あったことは決していいことばかりでは無かった。

でも、悪いことばかりでも無かった。

きっと明日はもっと良くなると信じていたい。

明日の僕が、今日をやり直すのをためらうように書こう。

明日の僕が、明日を生きることを選んでくれるように書こう。

読み返した僕が、嫉妬するようなときもあるだろう。

そんな僕を笑い飛ばしてやるぞ、って最後に書き添えた。

これを読んだ僕は、今日を思い出して明日を向いてくれるだろうか。

※この物語はフィクションです

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5月11日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

駅前は、うちわで扇いだような生ぬるい風が吹いている。

私はいつもと違う横断歩道を渡ってみた。

それは、夏の香りをした夜に、袖を引っ張られたようだった。

居酒屋の裏の、たばこの煙と焼き鳥の煙の混ざった排気をかき分けて進む。

排気からは逃れられても肩まで浸かった夏の気配からは逃れられない。

この夜は、早めの夏に浸されてもうずぶずぶなのだ。

どこかからシャンプーのにおいがする。

湯気の気持ちだけを残した少し熱を持った気体がそれを私まで運ぶ。

その温度を振り払って気づいたら、知らない場所まで来ていた。

夏の夜は、しばらくぶりの挨拶代わりに私を迷子にさせたかったのかもしれない。

※この物語はフィクションです

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5月10日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

すれ違った誰かさんは、僕を知ったらきっと失望するだろう。

我ながらひどい人間になってしまったものだ。

僕にはなりたかった誰かがいたわけじゃない。

それでも何かにはなりたかった。

きっとあいつは僕に向かって、お前みたいにはなりたくないと言う。

僕だって、僕になりたいわけじゃなかった。

けれど、今の僕のことも大切に思ってくれる人たちがいて、今の僕でもできることはあった。

彼にはきっとわからない、大事にしたい感情を僕は今持っている。

前に進むのは、前に進めるようになってからでも遅くないと思えたんだ。

前を向いた今、一歩ずつでいいから、歩いていこう。

※この物語はフィクションです

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5月9日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

モブキャラに感情は必要ないと定義した。

下手に感情を持ってしまったとして、めんどくさいだけだろう。

人気のあるメインキャラが出れば視聴率は稼げるが、モブキャラは名前すら無い。

モブキャラがクローズアップされたとして、バッシングを受けるだけだろう。

モブキャラはただそこにいる、画面の賑やかしにすぎない。

ストーリー上関係ない、一人減ったところで気づかない程度が望まれる。

舞台の上で、コンビニで、喫茶店で、雑踏で、ただそこにいるモブキャラは、目立ってはいけない。

舞台の袖で、見えないところで泣いていることを悟られてはいけない。

メインキャラは、そんなこと知らない。

テレビを見る僕はそんなこと、知ってはいけない。

※この物語はフィクションです

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5月8日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

世界よ終われと願うことは罪に問えない。

だからもうこれからずっと僕は世界よ終われと願い続けるだろう。

欲求は満たされない。怠惰は許されない。逃げることは他人の迷惑を買う。

世界が終わればそんなこと、全く関係なくなるのだ。

世界よ終われ、世界よ終われ。

腕の傷だって、爪を切っていないことだって、自分の劣等を示す素材でしか無いのだ。

世界が終われば、劣等を感じることも無い。

こんなのは気休めにしかならないということは、わかっている。

世界が終わらないことなんて、わかっている。

こんな自分がいけないことだって、最初からずっとわかっているじゃないか。

※この物語はフィクションです

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5月7日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

部屋を片付けていて見つけた、古い写真。

日に焼けて黄色くなった裏側には、心当たりのない三年前の今日の日付が書かれていた。

表には、今日と同じ青いワンピースを着た私と、その隣に写る元彼の姿。

あの人の誕生日だ。

そんな日があったことを、懐かしく思ってしまった。

約束より早くチャイムが鳴って私はその色褪せた写真を隠す。

きっと、すべてが話せるようになるわけじゃない。

きっと、あの時の私も、今の私も、幸せであることに変わりはない。

それでも、今、私の家を訪ねたのは彼だから。

今日このワンピースを着た私は、彼のために一日を歩む。

※この物語はフィクションです

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5月6日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

中途半端な時期になったものだ。

Tシャツで外に出て、寒いと思わないことに更に気が滅入った。

またこの季節が来た。

夏は嫌いなんだ。ベトベトするから。

乾燥した冬の方が寒くてもまだましだと思う。

薄着をするのもうざったい。

冬が長すぎて夏をどんな風に過ごしてたかまるで思い出せない。

これからイベントがないまま、湿度だけが上がりながら脳みその溶け出すような季節になる。

その頃に自分がまだ息をしていることの方がむしろ疑問に思える。

夏は嫌いなんだ。悪い夢なら醒めてくれないか。

※この物語はフィクションです

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5月5日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

店に向かう途中の私の手には600円が握られていたが、改めてその使い道を考えるほどには迷っていた。

たい焼き屋のおじさんにとって、たい焼きが売れることはうれしいことだろう。

けれど、毎日のように訪れる客は迷惑なのかもしれない。

特にこういうかき入れ時には、私みたいな常連が行っても邪魔なだけのように感じてしまう。

桜通りは公園に向かう人々で大混雑だった。

店先には鯉のぼりが飾ってあって、今日は子供で賑わっている。

遠くからおじさんが客の子供にたい焼きを渡す姿が見えて、なんだかとても幸せそうに見えてしまった。

私がいない時の方が、生き生きしているようにさえ思えてしまって。

おじさんと目が合わないうちに私は踵を返した。

使えない600円が手の中に残ったまま、財布に戻す気にもなれずに私はしばらく握っていた。

※この物語はフィクションです

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5月4日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

遺された花が咲いた。

祖母の育てていたジャーマンアイリス。

祖父母の家を取り壊す前にもらってきたものらしい。

祖父も祖母も、もういない。

忘れそうになっていく顔は、仏壇の横の遺影で思い出すだけになってしまった。

僕には二人の笑顔しか分からない。

この花に水をやる祖母は、それを見つめる祖父は、きっといろいろな顔をしていたのに。

けれど、この花は見ていた。

祖父がいなくなっても、祖母が水をやらなくなっても、家に誰もいなくなっても、ずっと見ていた。

遺された花は、もう思い出せない記憶を揺らすように、いつの間にか咲いていた。

※この物語はフィクションです

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5月3日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

瞬いた街灯を見上げたときに視界に入ったものは、ここ数日全く存在さえも忘れていたものだった。

月なんて、久しぶりに見た。

しばらくぶりの月は雲に隠れて、それでも月と分かるほどの輝きが印象的だった。

その輝きを羨ましいとは思わない。

隠されていても見えるほどの輝きも、それだけ輝ける努力も、気力も、妬むようなものじゃない。

ただ、自分にはなかったなあと思った。

時代が違うのかもしれない。

環境が、友人が、家族が違えば、変わっていたのかもしれない意識。

今の僕しか持ち合わせていない感覚に抱かれて見上げる月。

少なくとも、昨日あったはずのものとは違う月。

※この物語はフィクションです

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5月2日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

少年は、すべてのものに意味を求めた。

明るいものを見たときの瞬きにも、明るい星の瞬きにも、小さな命の瞬きにも。

すべてに意味があると信じたかった。

自分は今何のために歩いているのだろう。

自分は何を手に、どこへ、何をしに行くのだろう。

持っているのは菓子折、向かう場所はもう顔も見たくない人の家、目的は謝罪。

でも、「何のために」が何も思いつかないのだ。

許されないのは分かっているのに、謝るのは何のため?

許されないと分かっていながら、命をつなぐのは何のため?

少年は、無い物を探し続けるのが得意で、諦めるのが苦手だった。

※この物語はフィクションです

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5月1日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

彼らの背中が遠のいていく。

呼び止めようにも僕の声では到底届くはずがなく、黙ってしまう。

彼らは僕がいないことに気づかないまま行ってしまうのだ。

楽しそうに話す後ろ姿は、そこで完結したまま僕の存在を必要としない。

悲しさや寂しさより、湧いてくるのはむしろ達成感だった。

そうだ、これが僕の目指していた理想、自分がいなくても何も変わらない世界。

その現実の前で、僕にはもう呼び止める理由も、走って追いかける理由もなかった。

背を向けて歩き出す人影を止めようとする声は一つも無い。

地上から隔絶された僕は、これからどこへ行こうか。

どこへ行ったところで、僕がいる意味などもう無いのだけれど。

※この物語はフィクションです

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4月30日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

いつも思い描いている空想が、現実のものになるならば。

私の精一杯の問いを、誰もが否定する。

「現実はそんなに甘くない」「空想に耽っても何も変わらない」

私が生を受けた世界がそんな夢のないところだなんて、あんまりだ。

無謀な理想を君だけは笑わないで応援してくれた。

「君の空想が現実になる世界を僕も一緒に歩みたい」なんて言ってくれた。

それでもやっぱり空想は現実にならず、君は遠くに行ってしまった。

君がいなくなった今、これは最後の賭けなのだ。

橋の上に立っている、私のことを救って見せて。

青く虚しい空に向けて、ウインクしながら私は落ちた。

※この物語はフィクションです

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4月29日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

この写真に写る私は、十年前の私だ。

十年が経過して、この写真を見て、恥ずかしくなるほど私は変わっている。

過去を写すそのフィルムには、あったはずの事実が残る。

過去を証明する術はないけれど、すべての本当を写し出すことはできないけれど。

いつだって、そこには移ろいだ過去の軌跡が焼き付いている。

まるで蜃気楼のように、確かに私はそこにいたのだ。

きっと今日の私も、少しずつ変わって、陽炎の中に消えてしまう。

それでもカメラを自分に向けるのは恥ずかしいからと、カメラを持って出かけることにした。

記録を残したくなった私がいたことは、写真という形で残る。

十年後の私はそれを見て、何を撮るのだろう。

※この物語はフィクションです

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4月28日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

忙しさに常に苛立っている彼女の、甘えた顔が見たいとは俺は別段思えない。

ただ、世の中にはいろんな人がいるようで、彼女も晴れて結婚するらしい。

俺は別にふーんとなるしかないのだが、同僚として結婚式には行かねばならなかった。

あと一ヶ月と少ししたら六月になるのだから、ジューンブライドでそっちのほうが良いじゃないかと考えたが、いつも俺の合理性のなさを指摘してくる彼女が式場の値段を気にしないわけがないなあと思い直すと少し笑顔になれた。

新郎の方はそこそこのイケメンで、学歴も申し分ない。

けれど、俺はそれ以上に、彼女のウエディングドレス姿に感服した。

彼女には、あんな幸せそうな顔もできるものなのか。

俺は彼女に対して何にも感慨を抱けなかったのに、その顔を見たときばかりはなぜだか置いて行かれた気がした。

俺の同僚の彼女は今日どこかのイケメンの妻になって、それでも明日も俺の同僚であることが奇妙に思えた昼だった。

※この物語はフィクションです

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4月27日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

昼を過ぎた頃に外を眺めたときのことは覚えている。

灰色の空に街は埋もれ、どうしようもなく気持ちの晴れないような風景だった。

僕は教授室の窓辺で一つ盗みを働いた。

そのまま授業を受けた後、いつもと同じように家に帰る。

そんなとき、電車の中から夕焼けが見えた。

灰色の空の裏側から当てられた朱の光が、紫がかって窓の向こうを覆っている。

あの灰色は、朱を紫に変えるためのフィルターだったのだ、と思った。

ポケットの中の手が握っていたのは、盗んできたプリズム。

久しぶりの光を吸い込んだそれは、確かに輝いていた。

僕はただ、綺麗なものが見たくて。

※この物語はフィクションです

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4月26日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

どうして上手に書けないのか。

一番強い感情が、喉まで出かかっているこの感情が、なぜ僕には書けないのか。

脳みそは、ずっと叫んでいる。

同じ言葉を、繰り返し、繰り返し叫び続けている。

止めているのは、恥とか外聞とかそういうもので、それを越えられないほどか弱くないと脳は叫ぶ。

お前の感情はそんなもんじゃないだろ、と。

認めてしまえば、振り切ってしまえば、レッテルを貼ってしまえば楽になるぜ、と。

その先にいる僕はきっと弱い。

その感情を認めた僕は、その感情に抗えない。

死んでしまう。

※この物語はフィクションです

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4月25日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

電池が切れる。

スマートフォンの電池が切れる。

僕の知らないところでたくさんのタスクを消費していたスマートフォンの電池が切れる。

充電器はない。

壊れてしまったから、もうない。

内部の線が切れてしまったから、つなごうとしても戻らない。

自然治癒はしない。

このスマートフォンはこれから目覚めることはない。

そんな夢を見ていた。

おやすみ。

※この物語はフィクションです

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4月24日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

今更思い出すのも酷な話だけど。

だけど僕は、数ヶ月前に書いた文章を思い出していた。

あの物語をなぞるように、世界は崩壊の一途をたどっていった。

崩れていく町並みと、ドロドロに溶けていく空は、あの描写とそっくりだったのに、なぜ僕は思い出さなかったのか。

もうそんなことは、どうでもよくなってしまったけれど。

なぜかって、僕は今一人で、一つの大気の塊の中心で、残された酸素を吸いながら、思索に耽っているのだから。

例えばどこかに予言者がいたとして、予言をすることは罪なのか。

悲しい未来を言いふらして、世界を混乱に陥れたらそれは罪なのか。

そうでなくても、その未来を引き寄せた誰かは罪人になってしまうのか。

そしたらきっと、哲学的思索を強制されたこの空間が牢獄で、この最期が、僕の罰だ。

※この物語はフィクションです

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4月23日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

今日の空は青くて、昨日の雨が嘘みたいだった。

自転車を漕ぐ僕の額に汗が滲む。

どうしても行かないといけないわけじゃない。

ただ、この色を君に見てほしかったから。

いつも君は上を見上げると、どうだこうだと講釈を垂れる。

けれど、今日なら文句ないだろう。

端の方は白っぽく霞み、真上は真っ青で、晴れの日を全部集めてきたみたいだ。

空の色が毎日違うって、教えてくれた君のいる町まで自転車を漕いでいく。

できるだけ速く、ギア6で、立ち漕ぎで。

今日の君の空を、教わりに行くんだ。

※この物語はフィクションです

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4月22日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

嫌いな人に好かれて、好きな人に嫌われる、その原因がようやく分かった。

みんなに好かれようとしていたらそうなるに決まっている。

僕の好きだった人たちは、みんな傲慢な僕のことを軽蔑して去って行った。

全部僕のせいなのに、自分がかわいそうみたいに言って馬鹿みたいだ。

嫌だって言えなかったから前線基地なんかに駆り出されて、寂しくなって今この手紙を書いてる。

というのも、最期くらいは自分の大切な人に好かれていたいと思ったからだ。

嫌いな人に気に入られて戦地に送られて、本当に嫌だったけど、君の事を思ったら戦える気がした。

どうしたって僕が思い出したかったのは君だけしかいなかったんだ。

隊長が呼んでいるからもう行くよ。

僕の命が少しでも大切な君の糧になってくれたらと思う。

※この物語はフィクションです

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4月21日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

気づかないうちに、傷ができていた。

何のこともない、血も出ないほどの擦り傷だ。

血が出てないから傷の定義から外れているかもしれないぐらいの些細な傷だ。

お湯を掛けたら滲みるから気づいた。

多分、お湯を掛けなければ気づかなかった。

それじゃあずっとお湯を掛けなければ永遠に気づかなかったのだろう。

そのうち治っていたかもしれない。

そんなふうに、一生冷たい水だけで生きていこうとすれば、幸せなのかもしれない。

温かさなんて感じたこともなければ、それが冷たいってことさえ解らない。

それでも自分はもう手遅れで、わざわざ蛇口をひねれないほどに温かいお湯に慣れすぎていた。

※この物語はフィクションです

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4月20日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

さよならなんて言うくらいなら、最初からなかった事にして。

あなたと出会った日のところから、すべての道を変えさせて。

「楽しかった」なんて言葉はすべて嘘だったんだから。

「間違いだったの?」なんて言葉だって、一度でも否定したことを取り消して。

あなたはきっと笑って言う。

「次に会うときには、違う二人で」なんて大真面目に言う。

そんなふうに、綺麗に終わったみたいにしないで。

あなたのせいで傷つけられたことも、あなたを傷つけたことで傷ついたことも全部、残った傷は無駄だった。

誰にも見せたくない傷だけがココロ中に残って、吐きそうなほど気持ち悪い。

あなたの中で綺麗な思い出にされるくらいなら、消し去ってほしい。

※この物語はフィクションです

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4月19日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

ヘッドライトが見えたとき、思い出したことが一つあって。

話さないといけないのに、うまい言葉が見つからない。

ためらってるうちに、先頭車両がスピードを落として通り過ぎる。

もう話せないなと、悟ってからももどかしい。

君も僕も黙ったまま、電車を見ている。

電車が止まって、ドアが開く。

長い十秒を終えた君は、一礼して向こうに行く。

僕は手を挙げて、別れの挨拶を口にしようとしたけれど、とっさに言葉が出ないまま無言で見送る。

もう見えない。

僕が後ろを向いたから、彼女の姿はもう見えない。

※この物語はフィクションです

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4月18日 今日のエモい情景

【今日のエモい情景】

名残ってこういうことを言うんだと、表札を見て思ったのでした。

そこにはくっきり彼の名前が残ってまして、むしろなんで今まで気づかなかったのかと思うほどです。

違う人が同じ場所に住もうだなんて、考えてみれば異常ですよね。

今でもふと、無意識に椎茸を抜いてしまうことがあるのです。

あ、もう椎茸入れていいんだ、とそう思って入れるのですが、今日ばかりはダメでした。

彼の名前の書いてあるこの部屋で、椎茸を食べている違和感になぜだかぽろぽろ泣いてしまうのです。

嫌いになれなかったなあ、椎茸。

嫌いになれなくてよかったのかなあ。

きっと私はこれからは何事もなく椎茸を食べるのでしょう。

そのたびに思い出す彼の顔は、どうやって移り変わっていくのでしょう。

※この物語はフィクションです

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